救世教会と破邪の剣
シスター・レオナが持っている剣を見て、シスター・マリナが叫んだ。
「シスター・レオナ! それは駄目です!!」
シスター・レオナが持っていたのはこの教会の象徴とも言える、破邪の剣。救世の女神が使っていたと言われる剣のレプリカであるが、聖遺物を素材に使った貴重な代物である。
破邪の剣はこの救世教会が所有してるわけではなく、所有権は救世教会の総本山である教皇が持っており、信仰の拠り所として貸し出されているだけである。無論、勝手に持ち出したり貸与するのは背信行為として処罰の対象となる。
「勘違いしないで、シスター・マリナ。この剣は天使様に見て頂くために持ってきたの。何かあれば私だけじゃなくて貴女にも累が及ぶような物よ? さすがの私も教皇様の許可も無く譲ったりはしないわ」
「心臓に悪いですよ……」
だから、シスター・レオナは笑ってシスター・マリナの懸念を否定する。
もしもこれをウォルターたちに渡し、それが発覚したら。2人のシスターにはこの救世教会から追放されるだけでなく、投獄・処刑といった未来が待っている。自分一人であればそれでもいいと思ったかもしれないが、シスター・マリナを巻き込む選択肢などシスター・レオナには無かった。
シスター・マリナも、心配していたのは自分の事ではなく相手の事だったのだが。
「それで、その剣がどうかしましたの?」
シスターたちの会話がひと段落ついたところで、マキが疑問を投げかけた。
2人の会話から「凄い剣」とは分かっているが、それ以上の情報が全く見えてこないのだ。疑問を口にしたくもなる。
「この剣は『破邪の剣』といって、救世教会のシンボルなの。モンスターを打ち払うと言われてはいるけど、本当の所は分からないわ。私はダンジョンに行かないから使ったことが無いもの。確かめようがないの。でも、使ったという話を聞いたこともあるのよ? その人の話だとね、持っているだけでモンスターが近寄れなくなるというの。凄いでしょう?」
「モンスター避け、もしくはモンスターに恐怖を与える武器ですのね?」
「ええ。どうしてそんな効果があるのか、モンスターに詳しい討伐者を生業とする人なら、分かるかもしれないと思って」
剣の能力がもし事実であれば、討伐者にとってかなり大きな意味を持つ。
高難易度のダンジョンではダンジョンの途中に中継地を作って、そこで寝泊まり出来るようにしている。しかし、そこ以外のモンスターが出現する場所では十分な休憩ができない。不寝の番を立てて交替で休憩するものの、必要十分とは言い難い。中継地を増やせばいいと考える者も多いが、中継地を作るにしても維持するにしても、多額の資金と労力が要求される。人的損耗を抑えたいと思うのは当たり前だが、それでも実現可能な事と不可能な事には明確な壁がある。経済効率を優先しているわけではないが、ダンジョン攻略のためにチランの街が維持できなくなっては本末転倒だ。現状維持が精一杯である。
しかし、この剣に言われるような効果があるとすれば、この剣をダンジョンに持ち込むだけで中継地を安全に作ることができるし、ボスのところまで露払いすら必要なくなるかもしれない。
ただ、効果を考えるとこのチランを維持するために、もしもモンスターがダンジョンから出て来た時のために、この教会に保管されているという可能性も否定できない。
そうであるなら軽挙な振る舞いは慎むべきだとマキは判断した。
が、同時に効果だけでも複製できればかなり大きなメリットがあるとも思えた。
収納袋にしまっておいても効果があるのか、もし無ければ任意のタイミングのみ戦闘をしながらダンジョンを進むことができるし、収納袋の中でも効果があるなら安全地帯を作りその近辺で戦うといった選択肢が取れる。
マキには破邪の剣がとても魅力的に思えた。
ウォルターはと言うと、なんとなくだが、破邪の剣に嫌なものがこびり付いているかのような感覚に襲われていた。
感覚的なものなのでどこがどうとは表現しきれない。が、本能的な部分が破邪の剣を拒絶するのだ。
なのでウォルターはやや剣から身を離すように体を動かした。
マキは破邪の剣を直接手に取ることはせず、机の上に置かれたそれを目視することで魔力の流れを解析し、効果の有無を調べてみた。
見ただけではあるが、マキは破邪の剣がある種の魔法を付与されたものだと看破した。その魔法の種類は初見の効果だけに判明しないが、「特定種族への威圧」あたりと似たような効果じゃないかと推測した。「特定種族」がこの世界のモンスターであり、モンスターに対する特攻能力を持っていれば、聞いていた効果は再現できる。触媒などの都合ですぐにコピーすることは出来ないが、いずれ挑戦してみせようとマキは決意する。
マキの様子を見て、シスター・レオナは自分の判断が間違っていなかったと満足げにしているが、その横ではウォルターの反応にシスター・マリナが不思議そうな顔をしていた。