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破魔札と破邪の剣

 2人が正気に戻るまで、それなりの時間が経過した。

 不毛な争いに疲れて一旦言い合うのを止め、ようやく冷静になった時には、シスター・レオナの横にもう一人、別のシスターが座っていた。2人は新しいシスターがいつ来たのか全く気が付いておらず、呆れたようなその顔を見て赤面した。


「あらあら、ようやく終わったのね」

「「すみません」」

「構わないわよ? それよりこの子を紹介するわね。この子はシスター・マリナ。まだ小さいけど、力持ちだし頼りになるわよ」

「シスター・レオナ! その紹介は酷いです!!」


 女の子として、褒める一番のポイントが「力持ち」だったことに納得がいかなかったのだろう。シスター・マリナが抗議の声を上げた。


「っと、そんな事より。紹介に与りました、シスター・マリナです! 天使様、よろしくお願いします!」


 シスター・マリナは勢いよく頭を下げ、満面の笑みを見せる。

 シスター・レオナの隣に座るシスター・マリナは15歳ぐらいの少女だ。顔はやや地味だが元気があり可愛らしく、シスター・レオナが言うように小柄ではあるが、きっとコマネズミのように動き回っていそうだ。

 ついでに、マキの鋭い嗅覚は彼女の口から甘い匂いがするのに気が付いており、先ほど差し入れに持ってきたクッキーを彼女が食べていたことに気が付いた。マキはちょっとした思い付きでシスター・マリナに視線を向けると、口の端をこすってみせた。それを見たシスター・マリナが慌てて自分の口を拭い、何事かあったかのように視線を逸らした。


(食いしん坊キャラですわね)


 シスター・マリナの事を、マキはそう評価した。



「それで、今日窺った理由なんですけど」


 挨拶と名乗りを済ませ、マキは本題を切り出した。


「ランク4のダンジョンに潜るため、こちらで販売している専用装備とやらを買いに来ましたの。物を見せて貰えます?」

「まあ。久しぶりのお客様だったのね」


 マキの申し出にシスター・レオナは嬉しそうにすると、シスター・マリナがすぐに部屋を出て札を数枚持ってきた。


「こちらが対アンデット用の“破魔札”です! 1枚銀貨3枚です!」


 シスター・マリナが持ってきたのは、顕現魔法で使う封魔札によく似た、破魔札と呼ばれるアイテム。

 破魔札は魔法陣や呪文などのレイアウトが封魔札とは違うものの、文字や図形には類似点が見られ、同系統の技術で作られたものだと分かる。


「アンデットって変に耐久力のある奴ばかりなんですけど、これを使えば簡単に倒せます! 使う時に魔力が必要ですけど、何度でも使えるからお得ですよ! あと、アンデット以外には全く効果が無いから、味方を巻き込むようにして使っても大丈夫です!!」


 他にも射程距離と威力、その他特徴について説明を受ける。破魔札の性能は個人差によってばらつきが出るために正確な数字は出せないので、実際に使って確認するしかない。敵味方を考えずに使えるのは魅力的で、アンデットとその他モンスターの間にどのような差があるのかは分からないが、便利なので2人は不問にした。

 試しにとマキは1枚手に取り、実際に使ってみる。念のために人のいない所に向けて使ってみるが、効果範囲が淡い光に包まれただけで終わる。アンデットがいないので当然である。


(威力や最大射程などは分かりませんが、ワタシが狙った場所に寸分違わず効果が出たようですわね。消耗の度合いを考えると、今ぐらいならウォルでも100回連続でも使えるはずですわ。威力などは現場で試すしかありませんし、私独自の手段も含め、全て検証が必要ですわね)


 一回使っただけでは簡単な情報しか手に入らない。ダンジョンでの実戦テストをしようと、マキは心にメモを取る。


「使えるのは分かりましたわ。では、この破魔札ですか? これを……そうですわね、4枚くださいな」

「え? 4枚も買ってくれるんですか!?」


 4枚と言うのは2人分、そして予備を考えれば妥当な数字である。だというのにシスター・マリナは声を上げて驚いた。


「何があるか分からないので、予備を持つのは当然ですわよ?」

「ああ、すみません! ほとんど1チームにつき1枚しか売れないので、びっくりしただけです」

「チャレンジャーですわね……」

「では、破魔札4枚で銀貨……」

「12枚ですわ」

「銀貨12枚になります!」


 シスター・マリナは計算が苦手らしい。指を折りながら数えていたが、なかなか答えが出なかった。マキが答えを教えると、何の疑いも無く信じてしまった。どうにも心配になる娘さんである。

 ちなみに、チランの識字率はあまり高くなく、掛け算などの算数レベルの計算は大人でもできない人間は多い。足し算引き算ならともかく、商人でもなければできなくても不思議はないといったところだ。

 シスター・レオナは掛け算ぐらいできるのだが、成長を促すため口を挟まないでいた。が、代金を支払う段階で口を挟んだ。


「天使様からそんなにお金をもらう訳にはいきません。半値の銀貨6枚でいいですよ」

「ええ!? シスター・レオナ! それでは孤児院の経営が……」

「銀貨6枚でも収入は収入です。赤字ではありませんし、構いません」

「はい……。分かりました」


 女神の神託があったからだろう、シスター・レオナは最低限の収入で構わないと言い切った。穏やかな口調ではあったが、その言葉には有無を言わさぬ凄みがあった。

 だが、それはシスター・レオナたちの事情であり、ウォルターには関係なかった。


「じゃあ、銀貨12枚ですね。一度、12枚支払うと言ったんです。僕たちを嘘吐きにしたくなかったら、ちゃんと受け取ってください」

「天使様……」


 孤児院の子供たちの栄養状態が良くないとか、ウォルターには分っていない。

 しかし、自分の与り知らぬところで決まった何かで誰かが苦労するのは何かが違うと感じてしまい、金銭的には厳しくなるものの、ここはちゃんと支払うべきだと主張する。ウォルターの主張にシスター・レオナは困ったような表情をしているが、シスター・マリナのほっとした、安堵の表情を見ればそれが間違いではないとウォルターは考えた。

 しばらく逡巡していたシスター・レオナであるが、ウォルターに口答えするのも良くないと思い、別のアプローチで攻める事にした。


「天使様の申し出、嬉しく思います。では銀貨12枚、確かにお受け取りしました。ですが、もうしばらくお時間をいただけないでしょうか、天使様。……シスター・マリナ、少々のお時間ですが、お相手を任せます」

「はい!」

「え? ええ、僕は構いませんけど」


 シスター・レオナはゆっくりとした口調で、微笑みを浮かべながら差し出された銀貨を受け取った。そしてその銀貨をシスター・マリナに預けると、立ち上がり、部屋を出る。

 残された面々は何事かと顔を見合わせ、不思議そうにする。


「何なんでしょうね?」

「うーん? 私にもよく分からないです!」

「待てばいいのですわ。焦る事じゃありませんもの」


 ウォルターは買ったばかりの破魔札を指で弄りつつ、マキは椅子に背を預け鷹揚に、シスター・マリナは困ったように笑いながら、それぞれシスター・レオナを待つ。特に会話が弾むことは無い。


 それぞれが思うように適当にして待っていると、シスター・レオナが戻ってきた。

 その手に、一振りの剣を携えて。

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