救世教会
チランの近くにあるランク4のダンジョン、【コルテスカ地下宮殿】は、全10階層と小さめのダンジョンだ。
洞窟などで構成される上層5階と、宮殿部分に相当する下層5階に分かれている。上層は吸血蝙蝠と巨大ミミズを主軸とした洞窟部分と迷宮鰐を主軸とした地底湖部分に分かれる。下層は宮殿の門の前にいる骨巨人兵が中ボスを務め、中に入れば骨兵士、骨魔術師、死霊といったアンデット・モンスターが徘徊している。最後のボスは死体の巨人兵。人間や動物の死骸を組み合わせて作られた、おぞましい姿のモンスターである。
洞窟部分は特に問題ないのだが、死にぞこないのモンスターを相手にするには、特に死霊と戦う時には専用の装備が必要だ。そしてその“専用の装備”を手に入れるにはこの世界の最大宗教の拠点である、救世教会を訪ねる必要があった。
救世教会は、救世の女神“アースティア”を奉じる救世信教の教会である。
太古の昔、人間はモンスターに怯えて暮らすだけの、弱い種族だった。力は弱く、多少の技では覆しきれない力の差ゆえに、一部の知恵あるモンスターの家畜だったとも言われている。
アースティアはそんな人間に顕現魔法というこの世界で生きていく手段を与えたのだ。人間はモンスターの支配から逃れ、逆にダンジョンにモンスターを追いやるほどの快進撃をみせる。その時もアースティアは人類の先頭に立ち、戦ったとも言われている。
その姿はローブの上に胸鎧を纏い、剣を手にした長髪の女性として語り継がれている。偶像を嫌ったとされているので神像を作ることは禁止されていて、教会には剣を模した十字架を飾り、それに向かって祈りを捧げるようになった。
政治とは一定の距離を置くという事で、「基本的には」政治決定に参加しない事になっている。チランの教会はエアベルク公爵家と距離を保つようにしていた。
チランの救世教会は、街のはずれにあった。
教会の建屋は大きな石造りで、教会の建物の隣には木造の孤児院が併設されている。周辺の治安はチランでもいい方なので、少し狭い道路はちゃんと清掃されていてゴミなどは落ちていない。低めの壁で敷地を囲っているが、中の様子は門から簡単に覗けるようになっている。日の出ているうちは子供たちが遊ぶ姿が散見され、元気のいい声が響いているのだった。
ランク4のダンジョンの情報を事前に仕入れていたウォルターとマキは、対策となる装備品を購入するために連れだって救世教会を訪れた。
「ごめんください。誰かいませんか?」
門に備え付けられているノッカーを鳴らしながら、ウォルターが声を上げる。
するとそれに気が付いた子供が殺到し、2人を誰何した。
「なー、にーちゃん。教会になんか用か?」
「わー! きれーなねーちゃんだー!」
「ねーちゃん呼んでくる!」
集まった10歳未満の子供たちの健康状態はあまり良くないのか、全体的に細めの子が多い。ふっくらとした感じはせず、栄養が足りていないようだとマキは気が付いた。ウォルターは自身が似たような、いや、それ以下の状態だったので気が付かないでいる。
子供たちの方が気を利かせて教会のシスターを呼んでくれているので、2人は子供たちと話ながらシスターを待つ。
教会と孤児院が併設されていることを予測していたマキは、「みんなで分けて食べなさい」と作っておいたクッキーを渡した。すると子供たちは「ありがとー! おねーちゃん!!」と元気よく叫んで孤児院の方に走り去っていく。年長の子が門の所に残っていたが、チラチラと孤児院の方を見ていて気が気でない様子だ。今度はウォルターが気を利かせて、残った年長の男の子に干し肉を齧らせる。掌よりも小さい欠片程度の大きさだったが、男の子はそれでようやく落ち着いたようだった。
そうこうしているうちに教会の扉が開き、中から歳を召した女性が子供に手を引かれてやってきた。修道服を着ているところを見ると、この教会のシスターなのだろう。
出てきたシスターは高齢をうかがわせるほど髪が白く、顔には深いしわが刻まれている。だが表情は柔和であり、見た者の心を落ち着かせる何かを醸し出しているのは年齢相応の懐の深さがあるからだろうか。ウォルターはシスターに好印象を抱いた。
「あらあら、まあまあ。これは可愛いお客さんね」
シスターはウォルターたちを見ると、驚いたように声を上げた。討伐者ウォルター14歳。外見年齢なら12歳と言っても疑われない程度に、小柄である。
「いつまでも門の前で話し込む訳にはいかないわよねぇ。ささ、中にお入りなさい」
シスターは笑顔で2人を手招きする。
ウォルターたちは教会の中に入って行った。
ニコニコと笑うシスターと、テーブルを挟んでウォルターらは座った。お茶などは出てこないが、2人は気にしない。質素や清貧と言うよりも、ストレートに貧乏と言ってよさそうな状態だったからだ。
しかしそのような事は感じさせず、シスターは笑みを崩さない。互いに名乗りをあげる。
「この教会を預かる、シスター・レオナよ。本当ならシスター・マリナも同席させたかったのだけど。申し訳ないわね、天使様」
「天使?」
「あら? 自覚が無かったのかしら? 今朝、女神さまから神託があったのよ。『今日、ここに天使が来るので持て成すように』って。2人を見て一目でわかったわ、この子たちが天使様だって」
「えっと……」
笑顔のシスター・レオナに返す言葉を持たないウォルター。何と言えばいいか分からず、マキの方を見る。そしてマキは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ウォル、マスターから何かされませんでした?」
「んー? ん? 特に何かされたって記憶は無いけど……」
「貴方、聖別されていますわよ。たぶんそれが原因ですわ」
聖別とは、人や物を世俗から切り離し、神聖な用にあてる事を言う。
マキも今まで気が付かなかったが、ウォルターはアルヴィースの聖別を受け、やや人間から外れた存在になっていた。それを称してこの教会の女神は「天使」、つまりは天の御使いとしたのである。
「どういうこと?」
「ウォルは半分人間を止めているという事ですわ」
「何それ!?」
「ワタシだって分かりませんわよ!! マスターはここにはいませんのよ!? 誰にも聞けませんわよ!!」
シスター・レオナを無視して言い合う2人。
シスター・レオナはそれでもニコニコと笑っている。若い2人の言い合いが微笑ましいからだ。神託の天使様が思っていたのと違う為、孤児院の子供たちと同列に見えてしまうのである。
2人は言い合っても仕方が無いと気が付くまで、シスター・レオナに痴態を晒し続けていた。




