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 マキは表情にこそ出さなかったが、「拙いですわね」と小さくつぶやいた。

 ローラが「お兄様」と呼んだことから、彼が公爵家の人間であることは明白だ。ごくまれな確率であろうが、幼いころから面倒を見てくれた年上の男性という可能性も無くはないが、この場に、無遠慮に入ってきてそれを咎められないというのはローラと同格の家格を持つ人間ぐらいなので、結局どちらにせよ結果は変わらない。

 そんな相手であればこそ、その前の「ぞんざいな扱い」が不敬に当たると言われてもしょうがない。知らないというのはいい訳に仕えないのだ。

 こうなってしまっては逃亡は時間稼ぎにもならず、むしろここはローラを味方に付けて迎撃するのが正しいとマキは判断した。


 とはいえ、貴族の家の者に軽々しく声をかけるのは良くない。マキは沈黙を守り、まずは無関係を装った。


「お兄様、どうしてここに?」

「なぁに、妹を守った勇士に会ってみたいと思ってね」


 ローラに話しかけられるも、ナンパ男改め公爵子息はだらしのない顔をしている。その目は目の前の(ローラ)ではなくマキの方に向けられている。


「いや美しい御嬢さん。こんなところで再会するとは奇遇だね」

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「ちょっとお兄様!?」


 ナンパ男はだらしのない顔のまま、マキの方に歩み寄る。

 マキはローラを見送るために起立していて、それまではそれなりに穏やかな表情をしていたのだが、公爵子息に話しかけられた段階で感情の色を無くした鉄面皮へと表情を変えている。そしてその瞳は無価値無関心を示す絶対零度で彩られている。

 普通のナンパ男であればその目に射抜かれた段階で心を折られるだろう。マキの美貌と合わされば尚更だ。

 だというのに、公爵子息は何の関係もないとばかりににこやかな笑みを浮かべた。


「エアベルク公爵家の4男、フリードと言う。本来なら家の名を出すのは面白くないんだけどねー。ローラもいるし、もう隠しても無駄だよね」

「マキ、ですわ。家名については伏せさせて頂きますわ」

「マキかぁ。うん、いい名前だね! 僕の事は身分など気にせず、気軽に「フリード」と呼んでくれると嬉しいね!」

「そうですか。では「フリード様」と呼ばせて頂きますわ」


 道中の無視は地味にフリードの心を抉っていたので、ようやくマキに名前を呼んでもらえて心底嬉しそうである。例え「様」が付いていようと気にしていない。無茶を言った自覚はあるようだ。


 そんな兄の様子に、ローラは目を丸くして驚いている。

 ローラの知るフリードは、武術にしか興味の無い変わり者だ。異性に心を奪われるなど、天地がひっくり返るほどの事件である。そんな兄だからギルドの運営などできるはずもなく、討伐者としての腕前はともかく、ギルドリーダーとしての成績は兄弟の中でも最下位だ。

 ちなみに。個人でランク8のダンジョンに挑み、魔核一つを回収するという「偉業」を成し遂げている。(よわい)20でそこまでの実力者になるほどの、いわゆる「天才」であった。


「でも、ここにローラがいるって事は、マキちゃんもウォルター少年の関係者でいいのかな?」

「……ええ、その通りです」


 マキはあまり言いたくはなかったが、問われて答えないのは失礼に当たる。それにここでマキが認めなくとも、調べられたりローラが喋れば同じことだ。隠す意味はない。


「じゃあさぁ、少年が起きたら伝言をお願いするよ。『是非、僕の上司になってもらいたい』とね」

「はぁ!?」

「んじゃ、よろしくね~。ホラ、ローラも一緒に戻ろう?」

「え、あ? お兄様?」


 フリードはマキが自分に好意的でないことを理解できないわけではない。先ほどま路上で頑張って口説いていたのは、そうしなければ縁が切れるからだ。今はウォルターという分かりやすい目印があるので、早々に撤退して減点を減らす方向で動く。ローラの手を掴み、去っていった。

 部屋に残されたマキは珍しく呆然とし、事態の整理を行っていた。





「お兄様! さっきのはいったいどういう事です!」

「そこまで変な話かなぁ?」


 宿から出て、2人は言い合いを――ローラが一方的に食って掛かっているのだが――始めた。

 お題は、フリードの「ウォルターを上司に迎えたい」という発言の真意だ。


「だってホラ、あの(・・)お爺様が認める戦術家なんでしょ、彼。だったらさ、僕を上手く「使いこなして」くれると思わない? 僕は考えるの苦手だし。ちょうどいいじゃないか」

「だからと言って……っ!」


 フリードの発言は正しい。

 公爵に求められるのは「ダンジョンを治める」才能であって、何も自身がギルド運営に長けている必要が無いからだ。他の兄弟も補佐に人を雇っており、戦士として優秀でも指揮官として無能なフリードが「上司」を求めるのは自然な流れだ。

 とはいえ、ローラが食って掛かるのも仕方のない話である。通常、そう言った右腕(ライトスタッフ)ポジションは貴族の子弟が行うべきであり、平民にそれを求めるというのは前代未聞だ。過去の歴史を紐解けば、中には平民をリーダーに据えていた者もいただろうが、それでも表向きの「看板」ぐらいは用意していた。それに基本的な方針を打ち出す役目だけ(・・)は譲らない。そしてそのような配慮を目の前の兄がしないことを、ローラはよく知っている。


「反論するのは良いけどさー、基本、この件に関しては僕らは敵対関係なんだよ? 邪魔をするのは良くないよ」

「いいえ! 関係あるからいいんです! 彼らは私が仲間にするつもりなんです!!」

「ふーん。ま、理由は何でもいいや。僕は諦めない。それだけだよ」


 ローラは激昂しているが、フリードは柳に風とばかりにそれをさらりと流す。

 そして「それに」と付け加える。


「ローラはマキちゃんをどう見る?」

「マキさん、ですか?」


 突然の話題転換に、ローラは毒気を抜かれた顔をした。


「良くできたメイドさんとは思うけど、それだけです」


 ローラはマキの姿を思い浮かべ、そのように評価した。

 美貌に加えちょっとした仕草や身に着ける物のセンス、それらから「完璧なメイド」という単語を連想するローラ。

 そんな妹に、兄は苦笑いしか出てこなかった。


「あの娘はね、僕より強いよ。それもかなり差があるね。そんな簡単なこと(・・・・・・・・)にも気が付かないっていうのは、さすがにどうかと思うよ」

「へ? いや、でも、お兄様は――」

「下手するとランク8ダンジョンをソロで攻略できるんじゃない? たぶん、人間じゃないだろうし」


 兄の評価に、ローラは絶句した。

 何か聞き捨てならない単語が混じっていたが、そんな些細なことはどうでもよく、フリードがマキに興味を示した理由を理解してしまった。

 様々な情報がローラの頭の中を駆け巡り、パニックになってしまう。

 そんな妹の手を引きながら、フリードは笑った。


「楽しくなるねぇ」

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