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フィールドダンジョンとギルドへの罰

 フィールドダンジョン、【ウェスペール草原】。

 ここはウォルターの家からであれば徒歩2時間、【ウーツ】の町からであれば徒歩6時間のところにあるフィールドダンジョンだ。


 ダンジョンは通常、「フィールド(地上)タイプ」と「メイズ(地下)タイプ」に分けられる。

 これは魔力だまりの発生位置による分類で、地表にあればフィールド、地下にあればメイズと言われる。

 攻略難易度についてはメイズの方がはるかに上で、フィールドタイプは「初心者用ダンジョン」とも言われている。

 これはダンジョンの環境によるものが大きいが、町などの攻略拠点から離れていれば離れているほど一回の攻略に手間がかかり、攻略回数が減るのも大きな理由の一つだ。魔素が散らされる頻度が減ればその分強力なモンスターが呼び出されることになり、加速度的に難易度を上げてしまう。

 そして攻略できる人間が減ればダンジョンはさらに多くの魔物を内部に抱え、いずれは「大崩壊」、ダンジョン内にとどまっていたはずのモンスターが周辺地域に進出するといった惨事を招く。通常はモンスターの出現頻度からそれを計るようにしており、最悪は帝国の騎士団などが動いて掃除をすることになる。騎士団が動くというのはその土地の領主にとって不名誉であり、管理者としての資質無しと見做される大失態だ。規模にもよるが土地の運営に口出しされるようになり、最悪は帝国直轄領として新参貴族に対する報酬として領地取り上げもありうる。それほどの事である。


 ダンジョンはその難易度に応じてランク付けがされるが、【ウェスペール草原】については「ランク1」、つまりもっとも簡単なダンジョンとして認識されている。


 アルは、その【ウェスペール草原】に単独で潜っていた。





(話にならない)


 ダンジョンを1時間で攻略したアルは、ちょうどいい大きめの石の上に座り、ダンジョンの情報をまとめていた。

 そしてウェスペール草原に対してアルが下した評価は最低ランクだっだ。


(モンスターは10レベルまで、採れる素材も低ランク。まぁ、今の状況で鉄鉱石が落ちているのは助かるけど。見るべきものは何も無いな。初心者用ダンジョンなんだし、こんなものか)


 アルにしてみれば家から片道1時間どころか10分あれば来れる距離にあったこのダンジョン、こちらの世界の情報を探る意味もあり、多少は期待していた部分があった。

 しかし、結果は無残。雑魚しかいない、欲しいものが特にないゴミダンジョンだった。

 ウーツの町にいた討伐者たちならパーティを組んで戦う必要があるモンスターたちも、アルにしてみれば一睨みで済む雑魚でしかない。武器を振るう必要も、魔法を使う必要もない。ただ≪威圧≫すれば絶命するような状況だった。

 アルが強すぎるのもそうだが、ダンジョンはこの世界で最も簡単といわれる物でしかなく、物足りなさがアルにはあった。評価が辛辣なのは仕方のない事である。



 まず、出迎えるのは「巨大鼠」。ウォルターがメインで狩っているモンスター。

 サイズは大型犬の大きさを持つ鼠で、特殊能力や魔法を使うといった事も無いし、単独では戦おうともしないレベルだ。攻めてくるときは数頼みで、身長差にもよるが、普通の戦士には面倒な相手だろう。

 戦っても旨味が無いため、油をまいて火をつけ、それで逃走させるのが普通だ。油代より時間と武器の損耗の方が惜しいと言われるほど安い。戦うとすれば初心者の戦闘練習に使われる。


 次に出てくるのが「戦狼(ウォーウルフ)」。体高1m近い、巨大鼠よりも大きな狼だ。

 こちらも集団戦を仕掛けてくるが、巨大鼠と違って動きが素早く連携が怖い。また、察知能力と隠密能力も特徴の一つだ。最低でも6体以上で徒党を組んでいるので、正面以外にも注意を払わねば後衛にいる者を襲ったり不意打ちを仕掛けてくる厄介なモンスター。

 ある程度実力が付いたらこいつらと戦う事になるが、初心者の中でも才能が無い奴はここで心が折れるか命を失う。


 たまに出現する階層守護者(フロアガーディアン)は「木の巨兵(ウッドゴーレム)」。身長3m程度の、木でできたゴーレムだ。

 動きは遅いがパワーがあり、油断していいのをもらえば一撃で死ぬ事もありうる、油断できない相手。火を使えば簡単に倒せると思いがちだが、発火には時間がかかる。生木のように水分を含んだ状態なのか、なかなか火が付かない。そして燃えたところでその火が攻撃の邪魔になったり、煙が視界を塞いだりと良い事はない。

 木の巨兵は普通に切ってバラバラにするのが一番効率がいい。木の巨兵を狙って斧を装備していく討伐者を最低でも一人パーティに入れるのが、ウーツを拠点とする討伐者の常識だ。


 木の人形を倒した先にいるのは「一角兎(ホーンラビット)」。頭に角を付けた兎なのだが、これがなかなか侮れない。

 大きさは巨大鼠よりも小さいが、とにかく素早い。戦狼も動きは早いが、一角兎はそれをさらに上回る。体があまり大きくない事もあり、不意を打たれる討伐者は多い。しかも、不意打ちを仕掛けた後の一角兎はそのまま逃げに徹するため、倒せる者はごく僅か。

 討伐者たちは一角兎は初撃を先にできなければ諦めることが多い。絶対に倒さなければいけないことはなく、だったら倒さなくてもいいという考えをするのだ。ただし、一角兎の肉は美味で知られ、商人の間では高額で取引されるので専門で狙う者もいる。


 そして最奥、魔素だまりを護る、迷宮守護者ダンジョンガーディアン、「石の巨人兵(ストーンゴーレム)」。ハンマー系以外の武器でしか攻撃を受け付けないダンジョン最強のモンスター。

 4mもの巨躯はすべて石でできており、鉄製の剣でもダメージを与えるのが難しい。唯一、ハンマーのような打撃武器が有効とのことだが、倒せる、いや、戦える者は町でもごく少数。それほどの相手だ。

 討伐者の作る集団『ギルド』は町に3つあるが、戦えるのはその中でもトップ・ギルドの【瑠璃色の剣】だけだ。木の巨兵と同じようでその全ての能力値を倍加させたような石の巨人兵は、討伐者にとっては恐怖の対象だ。まれにはねっかえりが挑むのだが、無残に殺されて終わる。



 ウォルターはそう言った知識を聞こえてくる噂話と今は亡き父親から仕入れており、実戦経験に基づく情報はなかったが、伝えられるだけアルに伝えていた。ダンジョンを甘く見れば死、あるのみ。その脅威を伝えられるだけ伝えねば、アルが死ぬかもしれないと思っての事だ。

 しかし、アルにしてみれば名前から想像できる能力しか持っていないし、特に脅威に感じる部分が無かった。実際にダンジョンを“荒らして”みても拍子抜けと言う他無く、問題の石の巨人兵も素手で(・・・)魔核を抉り取られ、体に含まれる鉄を抽出された挙句、残りは用無しと打ち捨てられている。ちなみに、モンスターの死体を含む素材類は専用の運搬用アイテムを作ってすべて回収済みだ。


 通常であれば10人近い大人数が3時間は掛けて攻略するダンジョンを1時間で全モンスター殺害(必要時間のほとんどは戦闘ではなく剥ぎ取りや採取)という偉業を成し遂げたアルは、魔素だまりの魔素を散らすことなく去っていった。

 用事をすべて終えたアルにしてみれば、このダンジョンはすでに用済みだ。


 ただし、それはアルの事情である。アルがモンスターを全滅させた直後のダンジョンに、攻略者が現れた。ギルド【瑠璃色の剣】の討伐者とそのサポーターである。

 ある程度の規模のギルド間ではどこがダンジョンを攻略するか、持ち回りで決めている。小口のソロ討伐者はこのローテーションに組み込まれていないが、彼らの討伐量は大した事が無いため、特に問題にならない。

 だが今日はアルがモンスターや採取物を根こそぎ刈り取った直後だ。有用と思われる物は草の根一つ残っていない。


「おいおい、どういう事だこりゃあ!?」


 瑠璃色の剣で討伐者のリーダーを務めるシュバルツは、モンスターの影も形もないダンジョン最奥で声を上げた。

 最奥までゆっくり警戒しながら移動して30分。

 何も出ないとはいえ警戒しながら移動を続け、最後まで何も出なかったことに苛立ちの声を上げた。


「……石の巨人兵が倒された跡があります。どこかほかのギルドが攻略に……いや、そんなはずはない。彼らは確かに町にいた。だとすると知られていない実力者? いや、そんな話は聞いた事が無い……」


 パーティの知恵袋を務めるリッツァは状況から推論を組み立てるが、全ての仮説をいったん破棄した。

 状況がつかめず、情報が足りない。下手な推論で視野を狭めるべきでないと、思考をクリアにしておくことを優先した。


「なんにせよ、これじゃあタダ働きですね」


 そう言って魔素を散らすのは顕現魔法担当のドライゼ。彼は瑠璃色の剣の財布を握ってもいるので、今回の攻略で収入がない事に危機感を募らせる。

 彼も状況の把握を諦め、魔核買取屋で網を張ることを検討している。

 誰がモンスターを全滅させたかは分からないが、売買の履歴から多少は犯人を追えると考えている。

 ただし、これを成したのが個人か集団かは分からないが、狩場のシェアという形で話をまとめるつもりであり、戦闘行為を含む脅しをする気は一切なかった。モンスターを全滅させるだけの戦闘能力を示した相手なので、リスクを考えれべ当然の判断だ。

 しかし、それで収まってくれる仲間ではないことを知っている彼は犯人(アル)よりも身内への対応で頭が痛かった。

 ドライゼは戦闘担当の中でも比較的温和な方で面子などよりも実益を重視するタイプだ。身内に怪我人を出したり余所の討伐者を再起不能にする方がよほど面倒だと思っている。だから穏便にもめ事を起こさずに話を進めたかったのだが。


「畜生! これをやった奴、見付けたらぶっとばしてやる!!」


 血気盛んなシュバルツを相手に、ドライゼはどう説得するか頭を悩ませることになった。





 この不可思議なモンスター全滅事件は、1週間もの間続き、犯人不明で関係者を悩ませることになる。

 魔核買取屋にもそれらしい者が現れる事が無く、犯人像は一向に浮かび上がってこない。

 そして1週間後には普通に攻略可能状態になったので、この話題は自然と消えていった。


 犯人のアルはというと、顕現魔法の練習を含めアイテム生産用の素材稼ぎしか頭に無く、当面の活動資金のためにとダンジョンを毎日荒らしまわっていた。

 もちろんそれで現地の討伐者達が困る事は分かっていたが、あえて気にしないことにした。

 彼らも生活があるのだろうが、ウォルターに対する仕打ちを放置した“共犯者”である。よって1週間分の売り上げを取り上げることでペナルティとしたのだ。


 この黙認者へのペナルティが軽いか重いかは、あえてアルは考えない。

 反省させることが目的ではないし、言えばウォルターへの風当たりが悪くなるだけだからだ。

 ただ、悪いことを見逃し増長させた分の(ばち)を与えただけ。

 たったそれだけの話である。

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