そして彼らはすれ違う
それは正に蹂躙だった。
巨大鼠と戦狼は基本スペックで遥かに劣るはずの、ランク1のモンスター。
それが≪精霊化≫と身体強化の魔法によってランク2のモンスターである岩猿を駆逐していく。
ウォルターの呼び出した旋風鼠3体は通常の巨大鼠よりも素早く、軽やかに動く。
木々を利用し立体機動をする岩猿を追いかけ、背中から喰らいつく。首をかみ切っていくことで一撃必殺を成立させ、村に近い方から順番に潰していく。
マキの呼び出した氷雪狼の方は包囲と誘導をする15体と、殲滅に動く5体に分かれて動いている。村に対して1体も通さないための措置であり、堅実に動くマキの性分によるものだ。もっとも、村を守るというより、広範囲にばらけて逃げられないように調整しているのだが。
氷雪狼が近寄ると、岩猿はその動きを強制的に止められる。見れば関節周りが氷漬けにされており、体を動かせなくなっているのだ。そして凍った岩猿を、他の氷雪狼が踏みつぶしていく。遠距離攻撃の手段を持たない岩猿にとって氷雪狼は攻撃できない相手であり、為す術なく蹴散らされていく。
術者の2人はというと、こちらも殲滅戦に参加していた。
2人とも手に重棍、つまり太く重いだけの鉄の棒を持って暴れていた。
岩猿はすでに撤退を選択しているので、攻撃はほとんど背中に対して行われる。ウォルターとマキは手にした重棍を振る際に発生する慣性を利用しながら移動しており、その移動速度は魔法による強化もあって岩猿のそれを大きく上回る。
多少なりとも迎撃を行う個体がいればもう少し時間を稼げたのだろうが、仲間意識はあっても統率されていない一団であったため、全員全力で逃亡している。そのため反撃など一切受けない、ただ攻撃に専念すればよい状態で2人と23体は暴れまわっていた。
「これって、訓練にならないよね?」
「仕方ありませんわ。相手には相手の都合があります。ワタシ達のために生きているわけではありませんわよ。こちらの都合を押し付けるだけにしておきなさい」
「分かりました」
高速で移動しながらの殲滅であるため、あとで魔核を回収するのはとても大変だろうと予想された。ただひたすらに逃げるだけの相手を潰すだけなのだし、ここで見逃すという選択肢もあったかもしれない。
だが、ここで全滅させないと、またいつか村を襲う奴が出て来るかもしれない。それは「助ける」という行為から見れば中途半端であったし、何より討伐者として稼げるときに稼ぎたい。そんな思いでウォルターは重棍を振るう。
逃げる敵を相手にしたせいか。
殲滅を終えるまで、ウォルター達は2時間近くにわたって移動しながら戦う羽目になった。
魔法によるスタミナ回復が可能だったから走り続けることができたが、回復するのはスタミナまでである。精神的な疲労までは回復させることができず、ウォルターは暗い森の中を走り続ける事で消耗しきっていた。
「疲れたのは分かりますけど。戻りながら岩猿の魔核を回収しますわよ。多少の取りこぼしは構いませんが、その分収入が減るわけですし、可能な限り集めますわよ」
「は、い……。分かりました」
スタミナが回復しているはずだが、ウォルターの息は荒い。どちらかと言うと疲労よりも睡眠不足が地味に響いていた。
無理もない。夜中に叩き起こされたと思ったら、森の中を数時間にわたって走ることになったのだから。蓄積した見えない疲労は魔法でも回復しておらず、ウォルターの動きを緩慢なものに変えていた。
マキは最初、気力不足と呆れていたのだが睡眠不足に思い至り、足を止めてしばし沈黙した。睡眠不足にすぐに思い至らなかったのは、自分自身が睡眠を必要としていないからである。
「……まぁ、いいですわ。夜明けまであと1時間。それだけでも眠っていなさい」
マキは収納袋からマントを取り出し、適当な場所に広げる。
ウォルターはその言葉に甘え、マントの上に横たわるとすぐに寝息をたてはじめた。
「それなりに頑張りましたもの。これぐらいは大目に見てあげますわ」
マキは氷雪狼の≪精霊化≫を解除して戦狼に戻すと、魔核のある頭部を集めてくるように指示を出す。
そして夜が明けるまで、眠ってしまったウォルターの顔を見つめ続けるのであった。
夜が明けるまでに戦狼たちは50と少しの魔核を回収していた。正確には岩猿の頭部を集めただけなので、起きたウォルターとマキはその頭部を砕いて魔核を取り出していった。
魔核の回収し終えた後、2人は戦狼の背に乗って森を移動し始めた。残る魔核の回収を戦狼に任せておいて、村の方に移動するのを優先する。なにせ戦闘が終わるころには、2人は村から40㎞近く離れた場所まで移動しており、街道に戻るだけでも昼過ぎになるからだ。
そして全ての魔核の回収を終え、戦闘の初期地点に戻ったところで、ふとマキは気が付いた。
「村に戻る必要はありませんわよね?」
もともと村に立ち寄った理由は、物資の買い付けである。
普段の食料は森の中で獣を狩り、山菜などを収穫すれば無料で手に入れることができる。しかしそれには時間が必要であり、移動を優先するなら村である程度の量をまとめて購入した方が効率がいい。幸い資金に余裕があり、購入を躊躇する理由は無い。
そしてその買付自体は昨日のうちに済ませてあった。荷物は全て手元にあるので、強いて問題を挙げるなら宿のチェックアウトをしていない程度でしかない。宿代は先払いだったので、宿代を踏み倒すという事も無い。村まであと1時間かけて移動するだけのメリットをマキは見いだせなかった。
ウォルターもそれは同じで、わざわざ宿に顔を出さねばならない理由は無い。
「じゃあ、このまま次の村を目指します?」
「ええ、ある程度街道の方に寄る必要はありますけど、また前のように街道沿いを隠れながら移動したほうがいいですわね」
「分かりました」
2人は村まで戻ることなく、次の村を目指すことにした。
一方その頃、パッカー村では。
「ふぅむ。宿には泊まったが、朝になると姿を消していたか」
「先を急いでいるのでしょうか、お爺様」
アレス翁とローラはウォルターたちの足跡を辿っていた。
アレス翁らは馬を使い急いで戻っていたため、ウォルターらに簡単に追いついたのだ。
しかし運悪く、ウォルターは村にいなかった。
「まぁ良い。チランに来るという話であろう? ならばチランで待てばよい。運が良ければ道中で捕まえる事も可能であろう」
「はい、お爺様。彼にはもう一度会って、ちゃんとお礼をしなければ」
こうしてローラ達はウォルターを追い越し、先にチランに戻って行った。
再会は果たされるが、それはまだまだ先の話である。




