闇夜の襲撃者
夜。
それに最初に気が付いたのはマキだった。
遠方より多数の気配が村に向けて殺到しているのを感じた。
彼女は荷物の見張りと自身の貞操の為、不寝番をしていた。魔法によって動く魔法生物である彼女にとって睡眠とは必ずしも必要なものではなく、それをするのは人間への擬態という側面が強い。よって、他人が近くにいる場で寝るという事は無く、このように起きていたのだ。
そして警戒をしていたために、村への襲撃者に気が付いたのだ。
マキはウォルターを軽く叩いて起こし、耳元に口を寄せて小声で話す。
「襲撃ですわよ。恐らく魔物。雑魚ですけど、数が多いですわ。手を貸しなさい」
「襲……撃?」
起きたばかりのウォルターは今一つ頭が回らず、どこかぼんやりした声で返す。
マキは「仕方が無いですわね」と言って、ウォルターに殺気を飛ばした。ウォルターはその殺気で臨戦態勢に移り、先ほどまで寝惚けていたとは思えない動きで巨大鼠を呼びだそうとした。
「襲撃者はここにいませんわ。さっさと外に出ますわよ」
「分かりました」
マキに封魔札を持った腕を掴まれ、ウォルターの顕現魔法は未発に終わる。
そしてウォルターを嗜めたマキは身を翻すと夜の闇に駆けだして行った。
パッカーの村の北。アイガンの町のように、そこには深い森が広がっている。
そしてその森の中を駆けるモンスター達の一団があった。
「キィィーー!!」
それは一見すると、ただの猿のように見える。
しかしよく見れば体は岩でできており、その岩から毛が生えて猿のように見えただけだった。
岩猿という、ランク2のダンジョンに出てくるモンスターである。岩猿は小さなゴーレムであり、岩でできた体に剣や槍は効果が薄い。ハンマーのような武器を使って戦うには動きが素早く攻撃を当てにくい。体が小さい分ハンマーが当たれば一撃必殺もありうる脆さが弱点であるが、それでもランク2に見合わぬ厄介なモンスターであった。
岩猿の一団、その数は100をゆうに超える。
野外にいるモンスターが同種族で一団を形成する事自体はそう珍しい話ではないが、それでもこの数は多すぎた。岩猿がここまでの規模で動いている理由、それはダンジョンの「崩壊」だ。
人里近い位置にあるダンジョンは基本的に管理されている。そうしないとモンスターが溢れて来るので当然の話だ。しかし、ダンジョンは人里近くにあるだけではない。人の手が入らない場所にだってあるのだ。
そういった未管理状態のダンジョンは定期的に崩壊し、大量のモンスターを世に送り出す。この岩猿もそうやって崩壊したダンジョンから溢れた一団だった。
なお、崩壊したダンジョンはしばらくすると再生し、再び魔素だまりを生み出す。その周期はダンジョンの規模によるが、ランク2と小さいダンジョンであれば半年に一回は確実に崩壊する。
岩猿がパッカー村を襲うまであと30分、10㎞程度の場所に辿り着いた時の事だ。
先頭を走っていた岩猿の首から上が、焼失した。
岩猿の魔核は心臓の位置ではなく、頭にある。よって首から上を失った岩猿は走る勢いそのままに木へと激突し、その動きを止めた。
犠牲者の最期を目の当たりにした岩猿達が、足を止め周囲を警戒しだした。後続の岩猿も先行した者と情報を共有し、周辺警戒を始めた。
「キィ、キキィ!」
「キ? キキィ!」
そして全ての岩猿が足を止めた時。
「人の目はありませんわ。窮屈な宿よりもこちらの方が快適でしょう? 存分に暴れますわよ」
「変な宿に泊まることになった。八つ当たり?」
「違いますわよ!」
岩猿から見て村のある方角に、二人分の人影。
森の中であるため月と星の灯りはうっすらとしか無く、その姿は蠢く影のようにも見える。
「森の中ですわ。火はこれ以上使わないように」
「んー、じゃあ、風メインで往きます」
「ワタシは氷を使うとしましょう。なんとなくですけれど」
「岩猿、ですよね? 氷でいいんですか?」
「火や土の魔法よりはマシですわね」
二つの影は何やら言葉を交わしているが、その内容は岩猿に理解できるものではない。そもそも人間の言葉など知らないのだから当たり前なのだが、感情というのは伝わってくるものだ。
目の前の影二つは、岩猿を侮っていた。緊張は無く、怯えも無い。3ケタの、岩猿を目の前にしていても。
「キーーーー!!!!」
侮辱に対して、死を。
侮られた岩猿達は激高し、二人に襲い掛かる。
だが。
「顕現せよ――巨大鼠」
「顕現せよ――戦狼」
「≪精霊化・風≫旋風鼠。付与≪身体強化≫」
「≪精霊化・氷≫氷雪狼。付与≪身体強化≫」
二人の周囲に浮かび上がる魔法陣。
そして現れる、モンスターの影。その数、23。
「マキ、そんなに呼べたんだ」
「当り前ですわね。ワタシ、ウォルの師匠ですのよ。貴方以上に呼べなくてどうします」
現れたモンスターの放つプレッシャーは、岩猿のそれを大きく上回る。ランクで言えば、4か5のモンスターに相当する。
襲い掛かろうとした岩猿の動きが止まった。
「ある程度の知性はあるようですけど。遅すぎますわね」
「えっと。もう戦っていいのかな?」
「ええ、戦争の時間ですわね」
岩猿の動きが止まろうと、二人には関係が無い。
旋風鼠が、氷雪狼が、岩猿に襲い掛かった。
一方的な蹂躙が、始まった。




