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パッカーの村にて

 アイガンを出て4日。

 ウォルターとマキの間には、いまだにギクシャクとした空気が流れていた。


(いつまでこのままなのでしょうね?)


 マキは「尋問したかった」というウォルターのリクエストに応えるという選択肢を持ち得ておらず、そのまま話が流れてしまった事もあり、どうやって関係を修復すればいいか戸惑っていた。

 マキは基本的な人格形成に必要な経験をとある方法で確保しており、アルに作られる以前の記憶というのも持っている。そこに追加された知識による人格の変化を加えたのが今のマキである。

 とはいえその記憶は外見に合わせた15歳の少女の記憶であり、経験豊富な人生を歩んできたわけでもない。こういった事にどう対応していいか分からなかった。

 そこに生来の性格も手伝って、何か喋ろうとしては口をつぐむことを繰り返していた。



(モヤモヤするよ。でも……)


 ウォルターにしてみれば、マキは親のような面を持つ師匠である。

 そのため、ウォルターにしてみれば「このくらいは分かってくれる」といった過大評価と思い込みがあり、自分から歩み寄るという発想が無かった。親に甘えるという経験がほとんどなかったウォルターは、いなくなったアルやマキの事を親のように思っており、つい子供らしい「甘え」を見せてしまった格好だ。

 これは師として厳しく接してきたマキにも原因がある。私生活においては優しくも頼もしく、仕事――魔法の訓練や討伐者としてのそれ――においては厳しく接するマキは、ウォルターにとっては「敵う事のない上位者」である。その接し方は親の様と言っても過言ではない。

 そしてマキほど公私の切り替えが出来ないウォルターは、つい甘えてしまったという訳だ。


 ウォルターはそんな自分の心境を把握しているわけではない。よってどうすればいいのか分からずに、ついマキから視線をそらしてしまう日々が続いている。これまでの旅は順調だったが、二人の関係が軋んだことにより遅れが生じ始めていた。

 普段であればウォルターはマキの挙動から次の行動を予測し、きちんと連携して動いていた。それが無くなるとマキが口頭で指示をするまで動かなくなり、一つ一つの行動の間に無駄な時間が生まれてしまう。

 結果、昼に着くはずの村に夕方辿り着く事になってしまった。





 晴れていたため赤い夕陽が西に沈むのがよく見える。

 着いた村は【パッカー村】といい、アイガンに卸す食料を生産して生計を立てている村だ。

 街道沿いにあるため規模は小さいが酒場兼宿屋があり、ウォルターはそこで休んでいくのだと思っていた。


「ウォルター、この村は通り過ぎるだけですわよ」

「え? なんで?」

「ワタシ達が、女子供だからですわ」


 ごく普通の、街道沿いの村。

 宿場町としての機能を持ち、宿をとる人間も少なくないし、定期的に訪れる。

 であれば、それなりに信頼できる宿であるのが普通なのだが。


「旅人が一人二人、それも女子供だけであれば、消えたって不思議はありませんわ。道中でモンスターに襲われるかもしれませんし、盗賊なんかも(・・・・・・)出たりするかもしれませんわね」


 盗賊という言葉を、微妙に強調して言うマキ。

 つまりマキはこう言いたのだ。

 「この村に泊まったら、身ぐるみ剥がされて殺されるかもしれませんわよ」と。

 宿というのは信用商売であり、悪評に敏感ではある。しかしその悪評が立つ事をしていたとしても、バレなければ分からないのだ。そしてウォルターたちは一般的な悪人たちから見て、カモでしかない。中身はともかく、外見だけで言えばなのだが。

 なお、部屋に置いておいたものが盗まれるというのはどの宿でも珍しくない、一般的な出来事でしかなかったりする。そのため、金銭と貴重品は身に着けておくのが常識の一つだ。


「不要な争いを避けるのも賢く生きる術ですわ。ですから、先を急ぎますわよ」

「えぇー」

「ウォル?」

「泊まっていきましょうよ。今から村の外に出て、野営の準備をするのは得策とは思えません。ちゃんと警戒すればきっと大丈夫ですよ念のために巨大鼠を呼んでおいてもいいですし」


 ウォルターは別にマキの提案に納得できないわけではない。だが、マキに対する反抗心から、つい反論を口にしてしまっただけである。

 マキはそんなウォルターに対し、我儘を聞くことで多少は関係改善につながるかもと淡い期待を抱き、考え込んでしまった。

 そこにウォルターが畳みかける。


「他の人が宿泊していれば、そんなことにはなりませんよ。眠らされるとかでもしない限り、普通は気が付くでしょう。さすがに商人たちまで見て見ぬふりをするとは思えません」


 マキにしてみれば甘いと言わざるを得ない楽観論だが、ここでウォルターと言い争うのも何かとよろしくない。ウォルターの不満を吐き出させるためにも、マキは自分が折れる事にした。


「では、今日は宿をとるとしましょう。ですが空き部屋が無ければ先に進みますわよ?」

「そうですね。部屋が無ければ仕方ありませんよね。馬小屋とかなら、泊まる意味もありませんし」


 朱に染まった空を見ながら、ウォルターは歩き出す。

 マキは内心「これで良かったでしょうか?」と苦い思いを噛みながら、その後をついて行った。



 宿に入り部屋の確認をすれば、部屋は雑魚寝になるが大部屋に隙間があった。

 大部屋とは10人ほど入れる本当に大きいだけの部屋で、家具の類は一切ない。見知らぬ者同士が床にそのまま寝るだけの、ただそれだけの部屋である。持ち物が盗まれないようにするのも自己責任、何があっても自己責任。宿は一切の責任を持たず、暴れたりすれば追い出されるものの、基本的には「屋根があるだけマシ」な状況である。



「本当にここで寝ますの?」

「……ごめんなさい」


 宿の人間に馬小屋でなければいいと、適当にウォルターが言った結果がこれである。

 小さな村の宿屋なのだから、食事が付くだけ御の字である。だが、色々と問題がありそうな部屋を見て二人揃って深いため息を吐いた。


「荷物の類はマントの中に隠して見えないようにしておきなさい。巨大鼠を呼ぶスペースも無いのが厳しいですわね。不寝番をさせたかったのですけれど」

「はい、分かりました」


 部屋にはすでに6人の旅商人がいた。護衛も雇えない貧乏商人であろう。その身なりは一様に汚らしく、不衛生であった。悪臭が部屋に立ち込めている。

 マキの表情は厳しく、「宿を」と無理を言ったウォルターの顔色は良くない。


「仕方ありませんわ。これも経験ですの」

「御免なさい……」


 ウォルターは萎れてしまい、マキの言葉に唯々諾々と従う。

 雰囲気は決して良くなかったが、それでも道中に会ったぎこちなさが消えており、ごく自然な雰囲気を作っていた。

 宿の事は「休む」という面ではマイナスであったが、「二人の関係」という面では大いにプラスに働くのであった。


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