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バグズとの別れ

「聞きたいことは聞き終えましたわよ……って、ずいぶん不満そうな顔ですわね」


 尋問は普通の人間には耐えがたいおぞましい方法を使った為、質問開始まで約10分と簡単に終わった。

 何が行われたのか。一言で言い表すなら「蟲」である。ただの幻覚ではあったが。


 適所適材とばかりに尋問(ごうもん)を終えたマキを待っていたのは、不満顔のウォルターであった。

 ウォルターは対人経験の不足から、本人が思っている以上にマキに対して甘えている部分があった。そのマキから不本意なことをするように言われたことがどうにも我慢できなかったらしい。敵から行われるいやがらせには耐性があっても、身内に頼まれるお手伝いと求められる我慢の許容は別腹だったのだ。

 マキにしてみれば必要だったから頼んだだけなので、ウォルターが何に対して怒っているかいまいち判らなかった。判らないが、まずは情報の共有を優先する。


「ローラが公爵家の人間というのは間違いなさそうですわ。本人の申告に間違いなど無かった、そういう事ですわね。それと、黒幕については全く知らないようでしたわ。指示も報酬も相手が勝手に接触してくるのを待つばかりだから、この町にいるであろうまとめ役がどこにいるかすらわかりませんの。指示する人間が何者か聞かないのも、ああいった“捨て駒”に求められる資質ですもの。しょうがありませんわ」


 得られた情報は最小限。

 リスクの少ない下っ端相手の尋問だけに、リターンの方も最小限しかなかったようだ。


 だが、これで色々と動きやすくなったのは確かだ。

 ローラの身元がしっかりしていれば、クーラに話を振ってしまうのもアリと言えばアリである。要は自分たちが巻き込まれなければいいので、自分たちが町を出るのを早め、アイガンを出る。その後にローラが自分でクーラのもとに行けばいいという訳だ。いない人間が護衛を頼まれることもないし、バグズの件が無ければアイガンはもう出ていてもおかしくなかったのだ。ある意味ちょうどいいと言える。

 バグズのその後を確認することはできないが、そこは優先順位の差、手を出さないよう釘を刺しておけば最低ラインの義理は果たしていると言えるだろう。


「まあ、今後の予定はそのようにすればいいと思うのだけど。ウォル、貴方はいつまで頬を膨らませていますの?」

「……別に、何でもないです」

「何でもないって事も無いでしょうに。人間、言葉にしなければ分かり合えない生き物ですわよ。本当に、何でもありませんの?」

「一緒に尋問したかった……」

「それは……」


 マキにしてみれば、幻覚で相手の精神を壊す様を見せるのは教育上良くないことでしかない。というより、尋問に興味があるのかと、実にコメントを返しにくい回答をもらったと思い違いをした。正しくは「事件解決に動いている実感が欲しかった」なのだが、マキは言葉をそのまま捉えてしまった。二人の溝が一歩分程度だがより広がる。

 マキがリアクションに戸惑っていると、ウォルターはその無言を返答としてしまい、マキから視線を逸らした。二人の間に気まずい沈黙がのしかかる。


「こうしていても仕方がありませんわ。ローラはこれで助かる。それ以上は必要ありませんわ」

「分かった」


 道中、二人は終始無言だった。





「ふーん。まぁいいんじゃねぇか?」


 ウォルターらはバグズにローラの件を話し、それによりクーラの嫌がらせはなくなるのではないかという話を行った。


 対するバグズの反応は至って冷静。軽いものだった。

 というのも、バグズにしてみれば「助けてみせる」と意気込んでいたウォルターらが結果を出せるとは全く思っていなかったからだ。バグズにしてみればウォルターは「自分の収穫した農作物を美味しそうに食べる討伐者」という認識だった。討伐者は基本的に戦う方が専門であり、商人との交渉などができるとは全く思っていなかったのだ。その討伐者が「もう大丈夫と思う」といっても信用できる話ではないし、ウォルターの話はわりとどうでもよかった。

 バグズにとって一番大事な話は、ウォルターらが明日には旅立つという部分だけだ。それにしても引き止める理由もないし、だからどうした、という感想しか出てこない。


 バグズのいやにあっさりした反応にウォルターは疑問を持つが、それなり程度の微妙な結果しか出せなかったのだからと自分を納得させる。マキはバグズの心境をある程度予測できたので大人しく控えている。



「明日出て行くってぇなると、こんばんは豪勢にいこうじゃねぇか! 酒、飲めるか?」


 話に一区切りつくと、バグズはニヤリと笑って酒瓶をどこからともなく取り出した。


「ダチが旅立つ前の祝福だ。呑むぞ!!」


 バグズのこれは、騒ぎたい理由が欲しかっただけだ。

 だがバグズにとって自分を心配してくれたウォルターが友達というのも嘘ではない。

 ウォルターは初めて聞いた友達という単語に、不覚にも感動で涙をこぼしそうになる。涙をこぼすのは何とか堪えるが、目じりに浮かんでしまうのはどうにもならない。バグズはそれを見て笑い声をあげる。


「こういう時は泣いたって構わねぇがな、笑っとけ。ウォルター。そういうもんだ」

「……はい!!」


 バグズはウォルターの頭の上に手を置くと、乱暴に撫でつけ髪をぐしゃぐしゃにする。

 ウォルターは為すがままにされているが、嫌そうな雰囲気ではない。


 突然旅立つことを聞かされたミリィは兄の要請で御馳走を用意し、バグズの両親は14歳にしては小さく可愛げのあるウォルターが旅立つのを惜しんだ。

 翌日、弁当を持たされた二人は朝早くにアイガンの町を出てチランへと向かっていった。

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