捨ててきなさい
ウォルターがまず最初に考えたのは、刺青をどうにかできないかという事である。
適当で人任せな考えではあるが、マキなら、回復魔法なら何とかなるのではないかと思ったのだ。事実、ウォルターが知らないだけでマキの回復魔法であれば刺青の除去は出来る。刺青は体の中に塗料を送り込んで消えないようにしたものだ。それらを異物として除去してもいいし、最悪でも刺青部分を切除してから≪復活≫で治してもいい。やりようはいくらでもあった。
次に思いついたのは、ローラの件をクーラに振ってしまうというもの。
貴族のゴタゴタというのは、もしかしたら商機になるのではないかと思ったのだ。公爵家にとって秘密にしたいことを知ることで、リスクがあるけれど恩を売って縁を結ぶことができるのではないかと思ったのだ。こちらについてはリスクの方が大きく、リターンがそれに見合うか分からないという面がある。だが、刺青をどうにかすれば、その分リスクは減るとウォルターは考えた。
問題は、ローラと犯人に「奴隷の刺青をどうにかする手段がある」と知られること。
刺青の除去ができるというのは、奴隷システムに対する重大なリスクを生み出す。よって、下手をすると国に抹殺される恐れが出て来る。
ウォルターはそこまで深刻に考えていないが、何の相談もなしに手札を他人に明かすほど迂闊でもない。マキに相談するまで浮かんだ考えを胸の内に秘めておく程度の常識、配慮はあった。
ウォルターは町に入り、ローラをマキの所というか、バグズの家まで連れ歩く。
そしてちょうど戻ってきたマキは、ローラを見るなり輝くような、だけど目だけ冷え切った笑顔を見せた。
「ウォル。そんなものを拾ってくるんじゃありません。捨ててきなさい」
「お願いだから話を聞いてください!!」
「私は犬猫と同列なのか……?」
マキの言葉に、ローラが項垂れた。
脱力しているローラを尻目に、ウォルターはマキに事情の説明をする。
ウォルターの説明を聞いたマキが気にしてのは2点。
まず、ローラの話が本当かどうか。
そしてローラをどうするか、である。
ローラの話は自己申告であり、証明手段が無い。嘘を吐くメリットが無いこと、貴族を偽称するデメリットを考えれば嘘をついているとは考えにくい。しかし「考えにくい」だけなのだ。よってこの件は保留とする。
ならばローラをチランにまで連れていくかというと、それはそれで問題が出る。これまで旅を快適にしてくれた収納袋をはじめ、マキとウォルターには秘密が多い。それを公爵令嬢という立場のある人間に明かしていいかという事だ。少なくともマキはローラを信用するつもりは無い。会ったばかりなので当然である。
「僕らと一緒じゃなくて、クーラさんに任せちゃえばいいんじゃないかなって思うんですが。……刺青の方は、何も言わずこっそり消してから渡せばいいかなって」
思考に耽ったマキに対し、ウォルターは自分の考えを披露することにした。前回、バグズを助けた時に「考え無し」と言われたウォルターは稚拙ではあっても自分なりの考えを用意していた。
「ほら、公爵家に縁ができるのって、商人としては大きなステップアップじゃないかな? で、公爵家とのやり取りをするならクーラさん本人が対応するしかないですよね? そうすればバグズさんに構っている余裕も無くなるだろうし、一石二鳥じゃないでしょうか」
一応、ウォルターの主張には筋が通っている。
刺青を消せば奴隷云々といったリスクが大きく減る。「奴隷に落ちた令嬢は~~」などと言われたところで、刺青が無ければ証拠の無い誹謗中傷に過ぎない。公爵家がローラを助ける可能性は高まるだろう。
そしてクーラの方も、どのような形であれ公爵家に「貸し」ができるはずである。秘密を知ってしまった事で狙われるかもしれないといっても、クーラのような大商人を罰するリスクは大きいので、身の安全は完璧ではないが保証される。それこそ、口封じのしやすそうなマキとウォルターよりはよほど安全だ。
マキはウォルターがそれなりに考えてきたことに満足し、今度は満面の笑みを湛えて言い放った。
「では、ウォル。その子を捨ててきなさい」
「えええ!?」
「「えええ!?」ではありませんわ。ワタシ達にメリットがありませんもの。デメリットばかりですし、なによりここで放り出さないと後々まで響きますわよ? 将来的な不安要素は摘めるときに摘むべきですわ」
呆れた表情でウォルターにダメ出しをするマキ。
ウォルターの提案は筋を通してはいるものの、自身へのメリットを欠いている。普通であればそこが一番重要なのだが、「助けられればそれでいい」程度の考えを持つウォルターの提案は退けられてしまう。
バグズの件も絡め、そこそこのメリットを提案しているようにも見えるが、そんなものはクーラの方がウォルターたちを護衛として連れ歩くと予想されるため、メリットとなりえない。
そしてローラを助けた場合、公爵家に縁ができてしまう。それはウォルターたちにとって致命的なリスクとなりかねなかった。
マキの反論を聞き、ウォルターは肩を落とした。
マキとしてもウォルターの要望に応えてあげたいところではあるが、際限なくリクエストに応えられる訳ではないので、絞めるべきところは締めたいと考えている。
ローラの事は、デメリットがあまりに大きすぎるのだ。
ウォルターはローラの方を見て、これからの事をどう説明すればいいのかと頭を抱える事になった。




