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ローラの事情

 ウォルターはローラに会うことなく済ませたかったので、巨大鼠を先導役にして案内したうえで、マントといくばかの小銭を与えて別れるつもりだった。だが、ローラの顔に刻まれた奴隷の刺青がそれを許さなかった。


「すまないが、この刺青がある以上、私は独りで町に入れないんだ」


 町の外で奴隷が逃亡するのを防ぐ為、奴隷は主人と一緒でなければ町に入れてはいけないという法律がある。そのため、ローラはここでお金を貰おうが使うために町に入ることができず、結局のたれ死ぬことになってしまうと主張した。

 ウォルターは奴隷関係の法律に詳しいわけでもなく、ごく一般的な常識、「何をしたら奴隷に落されるか」ぐらいしか知らない。よって、ローラの主張が正しいかどうか判断できなかった。

 もともと独り逃げていたことを考えれば、ウォルターがここで姿を見せ町まで同行しなくても、元の状態に戻っただけと言える。だが、助けた人間の責任というものもある。結局、ウォルターはローラの主張を呑むことにした。



「驚いた。声から若い感じはしたけど……ここまでとは思わなかったよ」

「ウォルターといいます。流れの討伐者をやっています。ランク3のダンジョンまでなら経験があります」

「ああ、私の名前はローラだ。先ほどは助けてくれてありがとう、ウォルター」


 ローラは姿を見せてくれたウォルターに対し、屈託のない笑みを見せた。

 対するウォルターの表情は、この後の展開を想像して少し曇り気味だ。マキのお説教と言うか、折檻が怖いのである。


「その年でランク3のダンジョンを……っと、どうしたんだ、顔色が悪いな」

「何でも、無いです」


 フランクとも言える態度をとるローラであるが、ウォルターの様子が尋常ではないと気が付き、言葉を止めた。が、ウォルターはローラに対し気遣う余裕が無い。口調は堅く、態度は適当だ。

 ローラはそれでもしばらく話しかけていたが、生返事しかしないウォルターに業を煮やし、その頬を摘まんだ。


「ウォルター君。私は君に助けられた身だ。だから一定の敬意を払い、相応の態度をとるべきだと思う。だけどね、こう、話しかけても私の方を向いてもらえないのは悲しいんだ。肯定でも否定でもいい、ちゃんと相手をしてもらえないかな?」

「ほへんなはい」


 ローラの目は真剣だ。その真剣さに押され、ウォルターは謝罪を口にする。

 頬を摘ままれているため、何を言っているのか分からないのはご愛嬌だ。だが、ようやく色を取り戻したウォルターの表情を見てローラは柔らく微笑んだ。


「すまない。普通に喋れる相手を得たんだと思うと、つい我儘を言ってしまった」

「?」


 ローラの言葉の意味が分からず、ウォルターはきょとんとした顔をした。ローラは微笑みを苦笑に変え、そして表情を引き締めた。


「私の事情を説明したい。すまないけど、町に行くまで話を聞いてもらえないかな?」

「いいですよ?」

「おそらく、君は私を厄介者と認識しているだろう。だが、君が思っている以上に私の立場や事情は厄介でね。申し訳ないが、かなり迷惑をかける事になる」


 歩きながら、ローラは自分の「事情」を語りだした。


「私の名は、ローラ=エルメンガルト=エアベルク。チランを治めるエアベルク公爵家の、3女なんだよ」

「公爵家? 3女? え?」

「混乱するのも無理はない。けれど、事実なんだ」


 予想の遥か彼方をいったローラの「事情」にウォルターは完全にパニックに陥った。

 そんなウォルターを「しょうがないな」とばかりに苦笑いで眺めつつ、ローラは説明を続ける。


「エアベルク公爵家は、貴族なんだよ。貴族には、統治する土地を平和に導く義務がある。それで近場にあるダンジョンに対し、定期的に兵を率いて向うのだけどね。その役目を受けるのは公爵閣下本人だけではなく、私達後継者もなんだよ。

 公爵家を継ぐ人間にはダンジョンを管理する義務がある。だから早いうちから実地訓練とばかりにダンジョンを経験するのだけれど、私達自身が強い必要はないんだ。普通は、信頼できる仲間を探し、ギルドを作る。そして、最も優秀なギルドを作った人間が公爵家を継ぐんだけどね」


 ローラは顔を苦悶に歪め、言い難そうに口をつぐんだ。

 が、黙っていてもしょうがないと重い口を開く。


「裏切り者が、出たんだよ。私のパーティは討伐者8人を率いるスタイルを取っていたんだけどね。その中の一人が家族を人質に取られ、裏切った。私はそこそこ優秀という自負はあったけど、8人いた後継者候補の中で一番じゃない。だから継承権は諦めていたし、油断していたよ。私を陥れるメリットはあまりないはずだったのだけれどね。

 裏にいる主犯がだれかは知らないけど、奴らは私を捕まえ、そして他の国に売り飛ばそうというのか、それともどこか国内の貴族の誰かに、秘密裏に贈り付けるつもりだったのか。この身を汚されることは無かったけど、奴隷に落されこの様さ」


 ローラは肩をすくめ、自嘲する。

 己の見通しの甘さと、これからの事を考えれば苦難しか待っていない事は容易に想像できる。


 少なくとも、奴隷の刺青を刻まれた「令嬢」などに嫁ぎ先は無い。奴隷の刺青をした妻を欲しがる貴族などいないし、妾というには公爵家の家格が邪魔をする。なにより、「きれいな身である」事を証言しているのは本人申告だ。証明をするにしても、相応の事をしない限り信じてもらえないし、そこまでしたくないというのがローラの心情だ。身の証明は、乙女にとって耐えがたい屈辱なのだ。

 それに、裏切りにあったとはいえ討伐中に拉致された事自体が大きな失点だ。奴隷に落されたことを加味すれば勘当もありうる。仲間たちもローラを庇うことは無いだろう。視界に入るだけで自身の失点を突き付けるローラを見ていたくないと考えるのが人情だ。それに、そんな失態をした討伐者を嗤う者も出てくる。別の土地に移住し、新たな生活を始めているかもしれない。

 最悪、チランに辿り着いたとしても、不祥事をもみ消すためにローラの存在を「無かったこと」にされるかもしれなかった。

 孤立無援、四面楚歌。それがローラの見た「自分の現状」であった。



 ローラの説明を聞いたウォルターは、事態が自分の手に余る事だという事しかわからなかった。

 貴族の問題など、解決する下地を一切持たないウォルターにしてみれば、今回の件は手の出しようがない。マキに事情を説明し、どうするか相談するのが精一杯の誠実さだ。ただの平民、ただの討伐者。しかもつい最近まで町に入る事すら稀な一個人には、公爵家の継承争いかもしれないという「国の問題」に立ち入る余地はない。

 誰かに頼るしかないと、ウォルターは他人事のように考えていた。



 ローラはなぜウォルターに説明をしたのかというと、彼女の思惑としては、ウォルターにチランまでの護衛を依頼したいという思惑があった。

 少なくとも、自分を害する気配の無い人間というのは、今のローラにとって喉から手が出るほど欲しい、貴重な人材だ。それにランク3ダンジョンに挑める実力者であれば、その価値はさらに上がる。

 問題は支払える報酬が今のローラには全くないことだ。働くにしてもローラにはそういった経験が無く、公爵令嬢たる彼女には平民の娘のように「この身を報酬として~~」などと言う軽率な行いは出来ない。そしてチランに着いたからといっても、実家が自分を否定すれば報酬が0になる可能性もありうる。助けてくれたウォルターの温情にすがるしかなかった。



 話が終わると二人は自分の考えに没頭し、終始無言となる。

 そして町に辿り着く前。ウォルターの頭にはふとした思い付きが二つ、浮かび上がった。


(もしかしたら何とかなるかもしれない)


 ウォルターは自力解決をそもそも期待していない。

 その脳裏に浮かんだのは、頼って良さそうな二人の顔だった。

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