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宿場町【ウーツ】

 朝日が昇ってすぐの時間帯。

 アルはウォルターを置いて取引をしに町へと来ていた。

 ウォルターの腕を再生したことで、彼が町に降りられなくなったからだ。

 もしも彼が町に降りてくれば隻腕ではなくなったことに誰もが気が付くだろう。そうなれば大騒ぎは避けられない。だからアルはウォルターの代わりに町で彼が狩ったモンスター素材などを売り、塩などの生きていくのに必要なものを購入しに来たのだ。


 それに、腕の件が無かったとしてもアルは独りで町に来ただろう。

 ウォルターが町で迫害されていることをアルは聞き出していた。

 最初、ウォルターはそのことを隠そうとした。だがそこは人生経験に勝る大人のアルが巧みに聞き出したのだ。だから状況について、ウォルター本人が把握していない部分までアルは理解していた。



「ま、それなりの規模でしかないな」


 ここは【ドゥウェルガル帝国】の宿場町【ウーツ】。森と平野の境目にある、人口500人程度の町である。

 ウーツの町は特にこれといった特産品があるわけではないが、首都【ミスリム】と他の大都市を結ぶ交易路の途中にあるので、そこそこに人は多い。

 本来ならば水場も多くあるこの街はもっと農耕が盛んであってもいいはずなのだが、水場だけでなくモンスターの住む森も隣接しているため、あまり発展しないのだ。帝国にしてみれば他にもっと条件の良い土地はいくらでもあるので、宿場町として機能すればいい、その程度の認識だった。

 もっとも。モンスターが出るというのは逆に考えるとモンスター素材を手に入れることができる場所という認識もされる。そのため幾多の冒険者が流れ込み、討伐者の町といった側面もウーツにはあった。

 そうなると町が大きくなりそうにも思われるが、もとが生産性の低い交易路の町であるために住人の数は少ないままだ。出てくるモンスターの方も低位のモノがほとんどで、稼げる討伐者はもっと別の町に行ってしまうという理由もある。


 小さな町だけに住人はほとんどが顔見知りで、ウォルターにしてみれば味方を作るのに不向きな環境と言える。

 学校などを例にとって考えて見れば分かりやすいが、クラスの過半数がいじめを行う環境で、たとえ裏でこっそりとでも苛められっこを助けるには勇気がいる。

 そしてそれが学校ではなく生活のかかった場であれば、より助けにくい環境であるのは間違いない。

 また、ウォルターが頻繁に関わらねばならないのはごく限られた人間という事もあり、新しい人間関係を構築するのは難しい。すでに詰んでいるというのがアルの見解だ。



 アルは町への通行税を支払うと、ダンジョン近くの町には必ずあるという『魔核買取屋』へと向かう。

 魔核買取屋という名前ではあるがここではモンスター素材の買い取りも行っている。討伐者は独自に販売ルートを持つものだが、ここでは捌ききれなかった素材をある程度安い値段であるが引き取っている。

 そうして潤っている魔核買取屋は貴族直営店で、だいたいがその町の領主の持ち物である。

 そのため商人に顔も利くし、町を治める貴族の重要な収入源にもなっていた。


 魔核買取屋の建屋はしっかりしたレンガ作りの建物だ。大きさは周囲の民家よりも二回りほど大きく、3階まである。

 アルは木製のドアを開いて建屋の中に入る。


 買取カウンターは入ってすぐ右のカウンターにあった。残る左半面は査定の待ち時間に座っていられるよう、テーブルと椅子が用意してあった。建屋の外観よりもずいぶん狭く感じるのはその半分以上が倉庫に使われているからだろうが、ここから見えるようにはなっていない。

 カウンターの受付にいたのは気立てのいい女性だが、彼女がウォルターの報酬をピンハネしていたことをアルは知っている。よって感想はこれから先の行動次第で最悪なものになる可能性があった。

 そして何も知らない受付嬢は、初めて見る身なりのいい男性、それも凄腕を思わせる雰囲気を漂わせたアルに蕩けるような笑みを浮かべる。


「御新規様ですね。魔核の買い取りでよろしいでしょうか?」


 媚びた臭いすら含ませつつ、受付嬢はアルに声をかけた。

 アルの方は素っ気なさそうに「人に頼まれてね」と言って袋から魔核を取り出し、引き渡す。


 受付嬢はというと、その魔核が『巨大鼠』の物しかなかったことで依頼主(ウォルター)を正確に特定する。

 そして代理人を立てられたことで小銭稼ぎができなくなったことに内心では忌々しさを感じたが、それを表に出さず既定の金額、銀貨8枚をアルに渡した。


 アルはそのことに対し「魔核買取の受付嬢は一応使えるな」と評価を定め、名前を聞く受付嬢を無視して次の素材買取をするカウンターに向かう。

 素材カウンターにいたのは、いかにも強面の大男である。

 大男も巨大鼠の皮ばかりの取引にウォルターを思い出し、彼はピンハネしてやろうと難癖をつけることにした。


「ワリィが兄さん、こいつらは処理がうまくねぇな。銀貨で2枚。それ以上は出せねぇ」


 ウォルター相手ではない事もあり、多少は申し訳なさそうに取り繕う大男。

 しかしアルはそんな男に対し「こいつは使えない」と見切りをつけた。

 実際、ウォルターの処理はそれなり以上のレベルに達している。毎日やっている事だ、それも当然だろう。そして今回はアル(ベテラン)も多少は手を入れ、他の取引を見た限り銀貨8枚というのが適正価格とアルは考えている。

 ただし中間マージンなどもあるだろうし銀貨5枚までは妥協する、そう思っていたところに銀貨2枚では話にならなかった。


「ならば縁がなかったという事だな。他で売る事にしよう」

「な!?」


 適正価格で売れないのであれば、売らなければいい。

 幸いにも皮には使い道がいくらでもある。ここで売れなくても、先ほどの魔核が適正価格で売れたのだから問題など無かった。


 そしてそれで黙っていられなかったのが大男である。

 楽をして小銭を稼げると思ったところに売却拒否である。何も言わずにはいられなかった。身を乗り出し、大声を出そうとする。しかし。


「何か?」

「……」


 アルは大男を一睨みして黙らせた。

 大男にも生存本能があったようで、アルの威圧で素直に身を引く。


 もう用はないとばかりに身をひるがえし、去っていくアル。


 その後ろで大男が椅子の上に体を落とした。尋常ではない量の汗をかき、ズボンを見ればみっともないことに漏らしていた。

 周囲の人間外周に気が付き大男に喋りかけるが反応はない。「死にかけた」というより「死を体験した」大男に、何かを考える余裕などない。ただ生き残れたことに安堵するだけで精一杯だ。

 しばらくすると異変に気が付き、周囲が慌ただしくなる。

 だがすでにアルの姿はそこには無かった。





(腐ってるな。うち(セイレン)なら懲罰モノだ)


 アルは先ほどのやり取りを反芻し、苛立ちを覚えていた。

 腐っても貴族の直営店、本来ならば他のどこよりも厳しくあるべき店がああ(・・)だった。人は規律を守らせねばどこまでも腐っていくことを同じ貴族としてアルはよく知っている。

 今はウォルターにしか目が行っていないが、ウォルターだけで済む保証などどこにもないのだ。

 そして腐敗が進めば人がいなくなっていく。下手をすればより上位の貴族からの懲罰が待っており、最悪お家取潰しの危険すらあった。

 だというのに腐ったまま放置する領主にいくばかの怒りと憐れみを感じつつ、商店街へとアルは足を運ぶ。



(塩と安めの野菜があれば、だったか)


 まずは商店街を通り抜け、品揃えと値段を頭に入れる。

 塩は1店舗しか取り扱っていなかったが、野菜に関しては安く量があるものという観点でいくつか目星を付けた。

 アルはかさばらない塩を先に買う事にした。



 塩は専売なのか、値段設定は強気だとアルは思った。

 先ほど魔核買取屋で銀貨8枚を得たのだが、これはウォルターが一週間で稼ぐ収入としては多めである。そして一月の稼ぎは銀貨50~70枚程度が一般的だ。

 それに対し、大人1人が月に必要な塩の値段は銀貨4枚から5枚。仮に5人家族であれば銀貨20枚から25枚。原価と手間、運賃を考えても暴利であった。

 アルは地理に詳しくなく、ウォルターも塩の値段の適正金額など分からない。だが、他の商品などからある程度の推測ができ、「本来収めなければいけない適正金額」を逸脱しているのが分かったのである。


 塩商人はそれなりにいい服を着ていた。

 腹が出ていてだらしないが、裕福であるという印象をアルは受ける。


「おお、旅の方ですか。塩はどれほどご入り用ですかな」

「……1月分、ここで補充したい」

「でしたらこの塊をどうぞ。銀貨5枚になります」


 アルの着ている服はそれなり以上に仕立てが良い。一度はボロボロになってしまったのだが、そこはマジックアイテムの服である。自己修復機能により元の姿を取り戻している。

 その服から金持ちであると判断し、塩商人は上機嫌で店の中に置いてあるうち最も質の良い塊をアルに差し出した。

 ちなみに、アルの鑑定では他の塊は混じり物が多く、とても値段相応とは思えなかった。そしてその混じり物はこの塩商人によって行われたであろうと、アルは判断した。


 アルは内心で塩商人に侮蔑の感情を向けるが、表情には一切出さない。この程度は政治に携わる者として当然のスキルである。

 あとは塩商人の名前を聞き出し、「覚えておこう」と言って銀貨を支払う。



 その後、アルは適当な露店でキャベツにも似た野菜とカブのような根菜を購入して町を出る。


(ああ、本当に腐ってやがる)


 昔の、貴族になる前の言葉使いでアルは愚痴を漏らす。

 アルは町の様子をついで程度に調べてみたが、一番腐っているのはここの領主だと断じた。

 民はまだそこまで腐っていないが、これなら時間の問題だろう。きっかけ一つあればすぐに駄目になる。


(クソくだらない連中だ)


 ウォルターはこの町のそばで生きるべきではない、腕の件が無くとも他に連れ出すべきだとアルは決めた。

 町のそばで襲ってきた衛兵(・・)を切り捨てながら、アルはウォルターの家に戻っていった。

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