ウォルターの考え方
「ずいぶんあの男と仲良くなったようですわね?」
会食が終わり、ウォルターはマキの詰問を受ける事になった。
というのも、今後の方針がぶれてしまったかもしれないからだ。
ウォルターは会食においてクーラの執事、ロッソから教えを受けていた。外から見た感じで言えば、和やかでよい雰囲気だった。とても敵対関係にある者同士とは思えない状態だった。
となると、ウォルターがロッソ――引いてはクーラの味方にならない保証はない。少なくとも、マキはそのように懸念している。
別にバグズを見捨て、クーラに乗り換えることが悪いとは思っていない。一宿一飯の恩を受けたような関係ではあるが、だからと言ってそこまで肩入れするほどではない。事情を知り同情はするが、それとてクーラの側にも言い分があるのかもしれない。
だが、コロコロと意見を変え、仲間とすべき人間を変えるのは違う。それは風見鶏のような生き方であり、許容してはならない弱さだ。ウォルターに持ってもらっては困る考え方であり、もしもその兆候があれば矯正しなければいけないとマキは決心していた。
だが、マキの懸念は杞憂に終わる。
「ああ、クーラをどうにかしてバグズさんを助ける方針に変更は無いよ? 僕はロッソさんと仲良くなったけど、だからってバグズさんへの行為を止めない理由にはならないよね」
ウォルターは何ら気負うことなく、あっさり言い放った。
「それはそれ、これはこれって言うのかな? 殺してどうこうって言う訳じゃないし、仲の良い人が悪い事をしているなら、僕はむしろ止めるべきじゃないかなぁ?」
ウォルターにしてみれば、敵だからと言って仲良くしない理由にはならない。今まで迫害されていた分、自分を受け入れてくれる人には寛容に接する。
クーラはウォルターに対して誠実に接している分、ウォルターの側も会話する時間を惜しむ気は無い。いくつも秘密を明かせないとはいえ、嘘も無く誠実に接するべきだと考える。
そして友人への悪事に対しては止めてあげるのが友人としての責務だとウォルターは考えている。
これが致命的な悪事、例えば町中の殺人であれば、取り返しのつかない事だけに断罪することになるだろう。だが、そうでなければ更生の機会くらい与えるのが身内や友人というものだと、ウォルターはマキに説明する。
ウォルターはロッソと仲良くなったことで、よりはっきりとクーラを止める意思を確認した。
「それなら構いませんわ。では、あと3日以内にケリを付けますわよ」
「3日?」
「日数に意味なんてありませんわよ。ただ、何日までに終わらせると意識しないと、いつまで経っても解決しませんわ。日程を組んで動かないと時間を無駄にしますのよ」
「分かりました」
詰問の次は打ち合わせだ。
今回の件について、マキは日数を指定する。どのように予定を立てるか、必要なのは期限である。日程に合わせて予定を組むことで行動方針は大きく変わるが、マキは余裕の無いタイトなスケジュールを組むことにした。
この町は通過点でしかなく、いつまでもこの場に留まりたくないマキの心情が反映されている。この町に留まる最中はウォルターの訓練が滞るからだ。マキは早くウォルターを鍛え上げたいと思っている。「意味なんてない」と言いつつも、しっかり理由はある物だ。
ウォルターにしてみても特に意見があるわけではないので素直にそれに従う。
「ウォルがクーラを受け入れるのでしたら、仲良くなって止める方向で動きますわよ。今日の会食ではクーラもワタシ達と対立したがっていないように感じましたし、問題ありませんわね」
「それでいいと思います」
「では、相手に対しどのような利益を与えることができるか。まずそこから考えますわ」
ウォルターの基本方針に合わせ、バグズの対策を練ることにする。
交渉の基本は、相手に対し利益を与える事だ。自分の利益のために相手にも利益を与える。それができなければ自分の提案に乗らない場合に発生するリスクを提示するのが応用になる。その提案こそ手札となり、交渉時の武器となる。
暴力的手段を封印するとしても、二人の戦闘能力が増減するわけではない。まず「物理的に逆らいにくい」というのが大きな武器だ。だが威嚇以上に使えないので他に何か利益を与える手段を二人は検討する。
しかし経済関係に疎いウォルターは役に立たず、すぐに考えが煮詰まり打ち合わせは終わることになった。
打ち合わせが終わると、マキはウォルターの考え方を聞きふと疑問に思った事を尋ねる事にした。
「ウォル。もしも、もしもですわよ。もしあなたが命の奪い合いをするような戦場に立ち、友人が敵として目の前に現れた時、貴方はどうしますの?」
「戦うよ。場合によっては殺し合いもする。戦場に立つって、そういう事でしょう?」
「友人ですわよ?」
「? だって、敵対しているんでしょう? 戦う事になる前に説得しきれなかったんだろうし、戦うと決めて顔を突き合わせたなら、普通戦うんじゃないかな?」
マキはウォルターの答えに恐れおののいた。
ウォルターはごく当たり前のことを言うようにマキの質問に答えている。
ウォルターはモラルが無いわけではない。
マキにしても、殺人を厭わない程度にドライな割り切り方をしているが、ウォルターのそれはマキよりもより“捌けて”いる。
最初にクーラの暗殺を言い出すように、マキは目的までの最短距離を冷徹にこなすタイプだ。しかも法に対し従うそぶりすら見せずに。そしてそれ以外がどうなっても構わないという冷酷さも持ち合わせている。人間味はあまり無いと言えるだろう。
対するウォルターはクーラを暗殺してしまえばいいと言い放つマキを止めたし、ある程度周辺への影響を考慮するし、法に従ってみせるだけの分別がある。それに感情任せに動く軽率さも残していた。だが、いざとなれば決断する意志の強さと大切なものであれど切り捨てる冷淡さを内包している。それがマキには危うく感じられた。
もちろんこれはこの場のたとえ話でしかない。実際にはもっと人間らしい感情に任せた行動をするかもしれないが、それは今のマキには判断の付かない話。
ウォルターは善悪とは違う独自の基準で動くことがある、マキはそう判断した。
だが、これはマキの勘違いだった。
ウォルターにしてみれば、人間同士で命を奪い合う戦場など経験が無い。それに、ウォルターは討伐者だ。モンスターを討伐して生計を立てる者なのだ。人間相手に戦う者ではない。
だから、「戦わねば殺されるかもしれない」のだから「死にたくないのだから戦うしかない」程度の気持ちで答えている。
実感が無い例え話だけに軽い気持ちで答えた。それだけだったのだ。
マキの勘違いが後にちょっとした騒動を起こすが、この時の二人にそれを知る由は無かった。