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引き分け

 クーラ側の当面の目標は「マキの出身地を特定する」事である。

 と言うのも、こういった情報を隠したがる手合いの場合は本人からの自己申告より周囲からの噂話の方が信用できるからだ。

 そうなると、マキ本人が申告した「セイレン」という都市の情報を持たないクーラは別方向の情報を求める。

 それは「目的地」だ。

 目的地が分かった場合、そこからこれまでの移動経路が分かる。自分のいるアイガンから逆方向を探せばいいだけなので、普通に考えるとわりと簡単な話である。

 出身地の情報が最善であるが、移動中に立ち寄った町での情報を集めるだけでもずいぶん違う。


 ただし、質問する側の意図が相手に伝わっているとどうなるか?


 虚実織り交ぜた、面倒な事になる。

 だが嘘にも癖が出るものだし、その癖を見抜き、真実を明らかにするのが腕のいい商人というものだ。

 そしてクーラは腕のいい商人であり、だからこそマキの対応に苦慮していた。



「ええ、そうやってセイレンを東に20日ほど馬車に揺られ、海を渡れば島国になりますが、そこは極東、十月連盟と――」


 マキの対応策は一貫している。

 すべて、本当の事だけで終わらせる。


 マキの生みの親(マスター)は異世界人である。

 その親から与えられた知識の中には異世界の地理情報も含まれ、マキはそれを表に出すことで対応して見せた。

 その結果、クーラは嘘を見抜けない。当然だ、マキは正直に話している。

 途中、旅の様子については嘘というか、マスターであるアルヴィースの記憶をベースに話しているのでやや実感が薄く、他人事のような話し方になる。それが逆にクーラを困惑させる結果となり、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか見抜けなくなっている。

 クーラはなまじ嘘を見分けるスキルを持っているために、より疑問が大きくなってしまって内心で頭を抱えている。


 せめて旅の話がここ最近、ドゥウェルガル帝国に入ってからであればなんとかなるのだが、そこに至るまで、あとどれ位話をされるのか、そしてそれは食事時間に終わるのかとクーラは頭を回転させる。

 こうなれば一旦話を中断させ、別な話題にしたい。だが、そのきっかけがつかめない程度にマキの話は流れるように続き、途切れない。食事の為に途切れる事もあるのだが、コース料理と違い、すでに料理はならべてある。そうなると食べ方はマイペースで押し通せる範囲となり、たまにおすすめの皿を押し出して話を打ち切ろうとするが、クーラが話しかけようとするとマキは食事を中断し、それを打ち消す。ホストであるクーラはマキの語りを止める権利を持たず、聞き役に徹する羽目になる。それを何度か繰り返す。

 完全にマキのペースだった。



 だが、そんなマキとて内心では焦りを感じていた。

 異世界旅事情をどこまで続けるのかという部分はまだいい。話のストックは細かく語りだせば増設が可能だし、あと数日は持たせる自信があった。

 だが、望む結果、バグズの安全を確保する方面の話題を振るきっかけが掴めない。

 だったら相手の話を聞くようにすればいいという説もあるが、基本的に戦闘も会話も攻勢の方が有利であり、受けに回るわけにはいかなかった。場のアドバンテージを確保したうえで切り込みたいのだが、相手の攻撃を防ぐための攻めで手一杯だ。

 当初はクーラの苦労話でも聞き出すつもりでいたが、クーラが自分たちの取り込みを画策しているように感じたのでそれは却下することになった。下手に相手の事情を知ってしまえば刃が鈍る。敵は討つ為に存在するのであり、(なさけ)をかけるのは危険。特に、クーラのような「食えない」人間は警戒心を最大値まで上げるようにしないと不味い、マキはそう考えている。



 そうして二人は同じ結論を出す。

 先送りしよう、と。


 クーラはマキの食事作法から高貴な家に仕えるメイドとあたりを付けたが、見知らぬ土地の出だと出身地の特定を諦めた。海の向こうでかなり遠くの国の出だと、そこだけ抑える事にした。

 旅の目的は「見聞を広めるため」と言われては、それは教える気が無いと言われたのと同じ意味だ。踏み込めなくなっている。

 マキたちの個人情報は得られなかったが、物理的に押し切る気がなさそうであると会話の中で感じたので、命の保障はされているらしいと安堵した。ロッソはウォルターと縁を結べたようだったので最低限の目的は達している。

 この結果でも損は無い。


 マキの方は結果を出せなかったことで損は無いが得も無いと言ったところ。

 強いて言うなら、相手と仲良くなってしまったウォルターの行動が読み切れなくなってしまったのが面倒であると考えていた。このままバグズを助ける方で動きたいのか、クーラに情をかけるのか。ウォルターのキャラクターを掴み切っていないマキには頭の痛い状況になっている。勝敗など無い話ではあるが、あえてそれを考えるなら負けである。

 強いて加点を上げるのであれば、クーラを直接見てその為人(ひととなり)を確認したことぐらいであろうか。


 





 蚊帳の外であったウォルターは執事のロッソと交流を深め、マキとクーラの戦いは食事が終わるまで続いた。

 結局会食一回に2時間近い時間が消費され、労力に見合う結果を双方得ることができずに終わりそうになった。


 だが、食事が終わってから。ふと、ウォルターが漏らした言葉にマキとクーラが反応した。


「マナーって難しいですねー。次、似たようなことがあった時、ちゃんとできるか不安です」


 ロッソ相手に、マナーに対する不安を口にしたのだ。

 クーラにしてみればこれは好機。今回は様子見な面もあったので、次回ちゃんと攻め入る準備をして取り込みにかかるべきだと決断した。

 マキは後で叱るべきだと苦い思いを抱いた。クーラにつけ込む隙を与えたことに加え、教えを乞う側になってしまうからだ。今回は「話をするために招かれた」のだから対等であり客の立場であったが、「教えてもらうために会う」のであれば相手は教師として上位者となり、自分たちは生徒となる。この差は大きく、会話におけるアドバンテージの確保が不可能となってしまう。


「ではこれからはテーブルマナーも教えますわね」


 先手を打つようにマキが言う。

 しかし、その程度で怯んでは商人の名が廃るとばかりにクーラもねじ込もうとする。


「いえいえ、どうせテーブルマナーを学ぶようでしたらちゃんとしたお店で、実地訓練の方が良いでしょう。宜しければ、またこのお店の個室を確保しましょうか。あまり人の目があるところで訓練するというのも良くはありませんし、この店ほど適した場所は無いですからね。ああ、勿論食事代ぐらいは私が出しましょう」


 笑顔であるが、やや強引にクーラが言う。

 クーラが視線をロッソの方に向ければ、ウォルターも釣られてそちらに視線を向ける。

 ウォルターはロッソとマキを見比べ、ロッソに教わりたそうな顔をするが。


「金銭的なもので貸し借りを作りたくはありませんわね。このような各式高い店に通うほど路銀に余裕があるわけではありませんし、ここは遠慮させていただきますわね」


 マキはウォルターが何か言う前にキッパリと断りを入れる。

 ここまではっきり言うのは失礼に当たるのだが、ウォルターを黙らせるためである。毅然とした態度を崩さない。


「商人にとって人と人の縁は金銭に替え難い価値があります。遠慮など無用ですよ、ぜひこの機会に交流を深めたいものですな」


 クーラはクーラでここで引くつもりは無い。

 ウォルターは二人の雰囲気に気圧されてしまう。


 マキは何も言えないほどに狼狽えたウォルターの手を取り、一礼してその場を強引に去って行った。



「ふむ……まぁ、こんなものかな」


 二人が去って行ったあと、クーラはぽつりと感想を口にした。

 バグズ絡みでまた会う機会もある。できる事はやった、次までにやるべきことをやろうと、クーラは動き出した。

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