マキ VS クーラ
マキは自身の勝利条件を確認する。
マキの究極的な目標は、現状ではバストサイズの適正化である。創造主によって不当に奪われたものを取り戻したい。ただそれだけだ。
その為にはウォルターの協力が必要不可欠であり、ウォルターを「自分の協力者」でいさせることが大事だ。魔法の師匠としてのアドバンテージは、その関係性によってはマイナスになりかねない危険をはらんでいる。教えを乞う立場であっても、その過程で信頼関係を築けないようであれば、自身の破滅を意味していた。
マキに与えられた知識では、マキのバストサイズ書き換えには顕現状態を解除する必要があった。そしてその間、マキは無防備となる。もし正しい関係を築いていなければ、ウォルターはマキを見捨てるか、自分に都合のいい状態へと書き換えるだろう。
それを防ぐためには普段からちゃんとした信頼を積み重ね、自分の理解者であり協力者である状態へとする必要があった。
訓練に対して妥協を許さず、厳しく接しているマキである。最悪の可能性を減らすために普段はウォルターに優しく接しているつもりであったが、本人にはまだ足りないという自覚があった。
だからここでウォルターの信頼を稼ぐ。
その為に必要な終わりこそ、勝利条件だった。
クーラは自身の勝利条件を考える。
最優先すべきは命を大事にすることであり、保身に走ることを忘れない。
そして次に優先されるのが利益の追求である。
まず、現在の計画の遂行は半ば諦めた。
ここまでバグズの家を追い込むのに相当の出費を強いられてきたが、自分の命を賭けてまでやる事ではない。生きていれば巻き返せる。致命的損害を受けるわけではない。
バグズの家が豪農であり、そこで生産される作物は決して少なくない。その供給を止める以上、他の都市から食料を供給し、このアイガンの町を飢えさせないのは当然の判断だ。そしてその分の出費は運送コストなどまで含めると、大赤字である。
だがクーラは一つの町で大口の購入という事はしておらず、多くの町から少しずつ食料を購入していた。当然だ。どこも大きな余裕があったわけではないのだから。そしてその商取引を通して各地に縁ができたことを考えれば、金銭的には一時的に損失でも、長期的に取り返す足がかりにすることが可能だった。
バグズの家を取り込んだ方が赤字の回収は容易であるが、あえてこだわるポイントではない。
となると、二番目の目標はウォルターたちの取り込みだ。
今回の件で一番の損失は、優秀な部下を失った事だ。その補填をしたいと考えるのはごく自然な成り行きだった。
ただ、流浪の討伐者が容易に取り込まれてくれると考えるほどクーラは楽観論を持っていない。それに、取り込んでから問題が発覚するケースもある。
最後に、もし失敗してもウォルターたちがいなくなってからバグズへの経済戦を再開するというのも視野に入れる。相手の行動範囲を調べてからになるが、今回の件で得た伝手を使い遠くに行ったのを確認してから動けばいいのだから。
100回商機を得て100回儲ける商人にはなれずとも、そのうち90回の儲けを掴んで10回の失敗で破滅しない商人であればいいのだ。
最低でもウォルターたちの情報が手に入るのだから、この会食における「負け」はこの場で明確な敵対関係になる事だけ。
この場はただの切っ掛けであり、今後使えそうな手札の補充にすぎない。会食の事実だけでバグズへの揺さぶりにも使えるし、クーラは余裕を持って行動を開始する。
なお、クーラは今回、ダンジョンで行われたであろう殺人について追及することはできない。
ダンジョンにおける基本ルールがあるし、仕掛けた側がクーラだからだ。
単純に、「腕の良さそうな討伐者がいたから」「興味を持って」「話をするために食事に誘った」形式を崩すことができない。
これはマキにも適用される。「バグズの件とは無関係」ではないが、「ダンジョンの件は無関係」の方が都合がよい。こちらは情報の隠蔽が主な理由だったが。
食事そのものはスムーズに進む。
ウォルターが皿を舐めたりした為に見かねたロッソがマナー講座を開く流れになる一幕があったが、場の雰囲気は悪くなかった。ウォルターも「マナーを守り食べることが料理を作ったものへの感謝を示すことになる」と言われれば従わざるを得ない。
最初の「マナーを気にしなくてもいい」をここまで本気に捉える人間であったことにクーラは驚いたが、マキが討伐者としての師匠であろう事からマナーまでは教えていなかったのだと解釈した。
だからウォルターとロッソの二人は個人的に交流を行い、ウォルターはロッソに限定してだが警戒をワンランク下げた。
すべて、クーラの描いたシナリオ通りである。
クーラは自分が警戒されることで周囲への警戒をしにくくする戦術を採っている。
「クーラの傍仕えだからロッソも悪い奴、もしくは悪い奴に協力を惜しまないような奴では?」と思う人間もいるが、ロッソ自身は丁寧で礼儀正しく道理を弁えた、柔和で好々爺然とした善人だ。そしてロッソと仲良くなってしまえば、一方的にクーラを悪者と見れなくなる人間もいるし、何より口を滑らせ安くできる。
ロッソが持つ悪評と言えば「クーラのストッパーになりきれない」というだけだ。そしてそれは従者であれば止む無しという、立場的なもので打ち消せる範囲。
人生経験の浅いウォルターが引っ掛かったのも仕方がないだろう。
対してクーラとマキの会話は寒々しい。
互いに笑顔であるが、二人ともどこかわざとらしい喋り方をしていた。
「ほう、セイレンという町から来たのですか。私も商人ですので国内の都市であれば諳んじていると自負していますが、隣国の主要都市を含めたところで寡聞に聞いたことがありませんな。こちらからどの程度の場所にあるのでしょう?」
「遠方というより、仕方ありませんわね。交易の無い町の名前など憶えなくとも構いませんわ。それよりもこのスープ、見事ですわね。材料もそうですけど、何より料理人が優秀ですわ。ぜひ一度、ご教授願いたいほどに」
「おや、マキさんはキッチンメイドでしたか? そのエプロンドレスの着こなし具合といい、本職はメイドと思ってはいましたが」
「ええ、魔法も武技も、すべてメイドとしての嗜み程度。主の為ならドラゴンとて恐れてはなりませんもの。本職は家庭教師メイドですわよ」
たとえドラゴン相手に単独で立ち向かえようとも、本業はメイドとのたまう少女。
クーラは内心で「そんなわけあるか!」と盛大にツッコむが、表情には一切出さない。商人の基本スキルである笑顔という名の鉄面皮は無敵である。発汗まで完璧にコントロールするレベルであった。
少なく見積もってランク6相応の戦闘能力を保有していれば女性騎士や宮廷魔術師としてダンジョンの最前線に配置されるのがこの世界の常識だ。クーラはマキのメイドとして家事の腕前を知りはしないが、それでも勿体無いというより才能の無駄遣いにしか思えなかった。安定したダンジョン攻略が大事だというのは一般人にも共通の認識だし、商人として街道を使うクーラには特に気を使う分野でもあった。
(ドラゴンがハッタリとしても、それが出来るに近しい実力を持っていると考えるべきですね。それにしても、セイレンなどと言う都市は本当に聞いたことがありません。嘘を言っている様子もないですし、噂に聞く【転移魔法】とやらでしょうか?)
マキの方もとにかく直接的に探りを入れるクーラに辟易していた。
こちらの言動から情報を得ようとすることは分かっていたが、ここまで直接的に興味を示すとは思っていなかったのである。二人の関係からもれてはまずい情報を持っているのがマキだと考えたのだろうが、ここまでとは想定できていなかった。
だが、直接そのような話を振ってくる理由はマキにも分かっている。
本命の話題の前にプレッシャーをかけているのだ。
こうやって「貴女の事を知ろうとしていますよ」と情報を与える事により、相手を警戒させているのだ、クーラは。警戒させることで守りを強固にさせ、情報を抜き取りやすくする。
守りが強固になった方が情報を得やすいというのは矛盾しているように感じるが、守ろうとするものを特定するためには有効な策だ。例えば宝物を盗む場合にその宝物がどこにあるか分からないとする。秘密裏に探りを入れるのもいいが、あえて盗みの予告状を出せば相手が警戒し、特に重要な宝物の近くこそ一番警備が厳重になる。そうやって宝物のある場所を特定すればいいのだ。
(この狸男、本当に腹立たしいですわね)
二人の攻防はまだまだこれからだった。




