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クーラとの会食

 クーラの誘いに、マキは乗る事に決めた。

 直接話をすることで互いの手札を確認できるからだ。


 現状がどう動こうか行動方針の無い状態なのは、相手の手の内が読み切れないからだ。だったら直接会って、相手の情報を積極的に仕入れる方がいい。無論、こちらの情報も持っていかれるだろう。だが無為にこの町で時間を使うより、どのような形になろうとも早々に決着をつけたいというのがマキの考えだ。

 この手の行動方針を決めるときにウォルターは役に立たない。「バグズの助けになりたい」などという大雑把すぎるビジョンがあっても、どう動けばいいか分かっていないからだ。その「助けたい」すら、どのような決着を望んでいるか自分自身で分かっていなかったりする。ウォルターの中にある「助ける」イメージは曖昧で、ちゃんとした形になっていない。

 今のところはウォルターのお願いに対し、マキが行動方針を決めている状態だった。





 会食は出来るだけ早い方がいいだろうと、翌日の夕方が指定された。

 さすがに当日は無理がある。その場で返事をしなければ成立しないような話だ。よって、最短となる翌日ときまったのだ。早く連絡を、という事で、その日のうちにウォルターがバームソロ商会の店まで足を運ぶ。


 そして何事もなく翌日を迎えた。



 マキは変わらずメイド服だが、ウォルターは一張羅となる絹の服に袖を通すことになった。髪を梳き、身だしなみを整える。


 服はアルが用意したもので、「いつか必要になるかもしれないから」と言って作ったものだ。

 最近は食生活の改善により肉付きの良くなったウォルターだ。バグズの家という良い環境に身を置いていることも手伝い、高価な服を着てもそれなりに様になっていた。よく見れば着慣れていないこと、振る舞いや仕種(しぐさ)が平民のそれでしかないと分かるだろうが、初対面の人間であれば多少のはったりが効くだろう。

 こうしてちゃんとした格好でいれば貴族か金持ちが散策をしているようにも見え、周囲の者たちは誰だろうと疑問に思いながらも視線を向ける。何人かは旅装のウォルターを見ていたが、服が違う事と小ざっぱりしたことで同一人物と見抜けずにいた。



 時間になれば迎えの者が馬車を用意し、やってくる。

 それに乗って連れられたのは、この町で最も格式高い料理店。店は貸切となっており、その旨を記した看板が出されていた。


「ようこそおいでくださいました、ウォルター様、マキ様」


 馬車を降りると、店の人間が二人を出迎える。

 出迎えたのはこの料理店のオーナーで、バームソロ商会傘下の者だった。

 オーナーは客人二人の服装を見て、ほっと胸をなでおろした。


(思ったよりも“分かっている”人間で良かったですな。旅の討伐者など粗野な者を迎え入れたいとは思いませんが、この二人であれば構わないでしょう)


 オーナーは貴族や豪商などを中心に、金持ち相手の商売をしている。

 よって、程度の低い服に金を掛けられない様な“下賤な相手”を店に入れることに難色を示していた。いくら自分より上のクーラの命令とは言え、内心には忸怩たる思いがあったのだ。

 それがふたを開けてみればちゃんとした格好のできる二人で、少年の方はぎこちないものの、少女の方は完璧と言っていいほどの器量を見せつけていた。

 オーナーの考える“客”として、最低ラインは守られていた。


(食事のマナーはさすがに知らない可能性もありますが……まあ、見ないでおきましょう)


 討伐者に多くを期待するほど、オーナーも若くない。

 ドレスコードだけ守ったのだから、あとは見ないフリで誤魔化すことにした。



 店内に通されたウォルターは圧倒されていた。マキの後ろをおっかなびっくり歩くので精一杯といった有様である。

 店を見た段階で固まったのだが、そこはマキが物理的に気合いを注入することで事なきを得た。

 が、店内の落ち着いてはいる物の高級感あふれる調度品に対し、「触れたらどれだけお金を取られるか分からない」と怪しい動きで案内されている。


 マキはというと、調度品の値段など大したことはないとばかりに堂々としている。

 二人を案内するウェイターは、メイド服を着ていてもマキを主人のように扱い、ウォルターを付き人認定して放置していた。

 このあたりは二人の振る舞いから見た格付けであり、おおよそ間違っていないので問題ない。


 二人が案内されたのは密談用ともいえる個室だ。

 そこには昨日連絡役を務めたロッソと、落ち着いたというより地味な印象を与える服装に身を包んだクーラが二人を立って(・・・)待っていた。

 クーラは笑顔で名乗りを上げると、二人に着席を勧める。


 通常、格下が格上を迎え入れるときには席に立った状態で客を迎え、格上が格下を迎えるときには座って待つのが一般的だ。クーラが席を立って待っていたというのは、ウォルターたちを格上、最低でも同格以上を見なしたことを示している。ウォルターはそれに気が付けなかったが、マキはちゃんと気が付いていて、舌打ちしたい気分になった。


(こちらを立てて、波風立たせず穏便に済まさせる気ですわね。全く厄介な。こちらを侮り高圧的に振る舞ってくれたら楽でしたのに。これでは和解案を飲まさせられるかもしれませんわね)


 決着が付くというのであれば、和解でもなんでも構わないというのがマキの基本的な考えである。

 バグズを助けたいのはウォルターであるがそのウォルターが終わりのビジョンを示さないのだから、マキはある程度自由に、自分の望むように終わらせるつもりでいた。

 そしてマキの考える最善の決着とは早期解決であり、クーラの排除である。和解でも構わないと思っているが、和解には時間がかかる。その決着が付くところまで付き合いたいとウォルターは言い出しかねず、マキは出来れば暴力的な早期解決を望んでいたのである。

 クーラの態度がこちらとの対決姿勢ではなく融和・和平などを目指す「言葉による解決(時間のかかるやり方)」であった事に苛立ちを覚えた。



 ロッソを除く3人は互いに挨拶をして、席に着く。

 ウォルターが主賓で招かれたはずだが、店の人間にはすでにマキが上位者で主賓と認識されている。クーラの対面にはマキが座った。ウォルターはこれまた高価そうな椅子に座ることに躊躇していたが、マキに促されてゆっくり席に着いた。

 ウォルターが座った後に、クーラも席に着いた。


「お招き預かり光栄ですわ、クーラ様」


 マキが蕩けるような笑顔をクーラに向ける。

 が、クーラの表情は笑顔で固定されており、笑顔の効果はなかったようである。


「こちらこそ。お誘いに応じていただきありがとうございます。貴重なお時間を取らせてしまった分、食事を楽しんでいってください」


 クーラがそう言うと、ロッソが動き食事が運ばれてきた。

 コース料理であればスープやサラダから順に出していくものだが、今回はあえてある程度の数をまとめてテーブルに並べさせている。そうすることで見た目を華やかにしてウォルターたちを圧倒するつもりなのだ。

 表向きは「マナーなど気にせず食べてください」としているが、高級店を使った事といい、精神的優位を確保するためにクーラの婉曲的な攻撃はすでに始まっている。


(マキ、でしたか。少年はともかく、こちらは厄介そうですね)


 クーラの使った威圧行為に対し、ウォルターはすでに屈しかけている。クーラはウォルターから意識を外した。

 逆にマキの方は泰然自若としており、精神攻撃全てを受けきり、反撃するかのような優雅さを見せつけている。マキこそ強敵と、クーラは二人を評価した。


「せっかくの料理です。冷めてしまってはもったいない。お話よりもまず、食事にしましょう」

「ええ、楽しまさせていただきますわ」


 クーラとマキの、会食という名の戦いが始まろうとしていた。

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