クーラの誘い
マキが情報収集を終えたその日は、バグズの所でそのまま世話になり、二人は夕飯を美味しく頂くことになった。
この日に出されたのは、牛丼の様な料理。
この国に醤油は無かったため味付けは塩しかなかった。使われた肉も牛ではなく狩人が町の周辺で狩ったモンスターの肉である。
だが、稲作はしており、米はあった。炊いたご飯の上に玉ねぎをあめ色になるまで炒め、塩で味付けしたソースを使って煮込んだモンスター肉を乗せる。わりと一般的な、この町の料理である。
あめ色になるまで玉ねぎを炒める事で甘みが強く感じられ、適度な塩気と炒めず肉と一緒に煮込んだだけの玉ねぎのシャキシャキ感が食欲を増し、ウォルターはつい何度もお替りをするほどであった。
肉の方も脂身の多い部分を出汁にするため余分に煮込み出汁ガラとするなど、それなりに手の込んだ作り方をしている。本来ならここまで手間を掛けないのだが、客に出すものであることと、その客が実に美味そうにご飯を食べるため、作り手が普段より頑張ったのだ。
食事を終え、やはり二人部屋を借りて翌日の打ち合わせ。
ダンジョンに潜るのは一旦休み、クーラの次の手を待つ格好になる。
この状況下でバグズやミリィを放置するには危険すぎ、ダンジョンに潜るにしてもマキが単独で潜ることに金銭以外のメリットは無い。かといってこちらから仕掛けるには情報が足りないし、なにより暴力的解決をするには反撃であると言い切るための材料が全く無い。もし暴力的解決をしてもやった後に逃げてしまえばいいのだが、それでは介入したことが無駄になりかねない。
現実は常に厳しいのだ。勇者や騎士の物語のように悪人を倒せばそれで終わることなど、まず無い。
魔核を少量ずつ売却することにして、ウォルターたちは様子見をすることにした。
翌朝。
ウォルターたちは朝日と共に起床し、身支度を整える。
朝ご飯を用意してもらい、バグズら一家と一緒に食べる。朝ご飯はご飯に汁物、サラダに卵焼きだった。ちなみに卵はかなり高価なので、めったに食卓に上ることは無い。一般家庭ではほぼ不可能だったりする。養鶏はやっているが、現代ほど大規模化や効率化を進めていないので安くならないのだ。
そうやって朝ご飯を食べ終え、家にそのままいるのも悪いという事で二人は農作業の手伝いをやる事になった。ウォルターが興味半分でやってみたいと思ったからだ。
単純労働であれば素人でもできる事は多いし、なにより顕現魔法が使える二人は呼び出したモンスターを上手く使い、荷運びや耕作で活躍する。町の中にある畑でも休ませていたものはすぐに使えず、耕したりしないといけないのだ。
今は春の終わりがけであり、強い日差しの中で作業していれば自然と汗ばんでいく。戦闘とは全く違う筋肉を使い、ウォルターは昼前には疲労困憊といった状態になった。作業指示を出していた農奴の男性はまだまだ余裕があり、普段から農作業をして無駄のない動きと、農業の為の身体を作ってきた人間の貫禄を見せ付けた。
昼飯という考え方は無く、食事の基本は朝夕だけである。
12時ぐらいに休憩を取るが、補給するのは水分と塩分だけ。流れる汗をぬぐい、ウォルターが畑の方に足を向けたところで、身なりの良い、いかにも執事といった風体をした初老の男性が声をかけた。
「失礼ですが、ウォルター様でしょうか? 私、バームソロ商会でクーラ様の付き人をしておりますロッソと申します」
ウォルター相手に丁寧に頭を下げるロッソ。
ウォルターは呆気にとられそうになったが、クーラの名前が出てきたことで身構えた。
ロッソは何も言わず、ウォルターの返事を待つ。しばらく時間が流れ、ようやく自分が名乗りに答えていない事に気が付いてウォルターは頷いて肯定の意思を示した。
ウォルターを確認できたことで小さく、柔らかく微笑むロッソ。
「ウォルター様にクーラ様から会食のお誘いをと言われております。本日から何時になってもでも構いませんが、クーラ様と一緒にお食事を取っていただけないでしょうか? お連れのお嬢様も是非ご一緒に、との事です」
ロッソは主からの用件を口頭で説明する。書状などを用いても構わなかったのだが、ウォルターが文字を読めるか分からなかったため、確実性の高い口頭での連絡にしたのだ。とはいえ、書状を用意していないという訳でもない。懐から先ほどの内容が書かれた書状を取り出し、ウォルターに差し出す。書状は封筒にしまわれロウで封がしてあり、そのロウの封印はバームソロ商会の物と分かるよう、屋号が使われていた。
ウォルターはすぐさま返事をすることができず、無言で書状を受け取る。文字は読めるのでその場で封を開け、中身にざっと目を通す。先ほどの言葉との差分は、最後に「もし会食に応じてもらえるようなら最寄りのバームソロ商会の店舗にいる従業員に声をかけて欲しい」と地図付きで案内があったぐらいである。
ロッソはウォルターが文字を読める事、現在ウォルターに歓迎されていない事から「それでは失礼します」と一言残して去って行った。近くに人がいなくなったことでウォルターは警戒を解き、大きく息を吐き出した。
「マキに相談しないといけないよね?」
自分一人で動くのは良くない。ウォルターはそう判断し、マキに相談することを決める。
しかし、どちらかと言えば思考の放棄だ。相談するにしても自分である程度の意見は持っておくべきだったし、考えを止める理由にされる謂れなどマキには無い。
農奴のリーダーに所用ができたと言って仕事を抜けだしマキに相談しに行ったウォルター。
相談しに行こうと思った事は問題ない。だが仕事を放りだしたこと、自分の考えをまとめていなかったことでマキにこっぴどく怒られることになった。こめかみに拳を当て、グリグリされる「梅干しの刑」に処され、農奴たちに頭を下げる事になるのであった。




