マキの調査
ウォルターたち二人はダンジョンから戻ってきたが、時刻はまだ昼になったばかりであった。
アイガンの街とダンジョンの距離は徒歩で1時間程度、朝の7時ぐらいに町を出て、3時間探索して戻ってきた。
ダンジョン内での移動が約1時間、戦闘は20分程度。残り時間は魔核の回収と素材・食材の回収である。キノコ人形の魔核は回収できなかったが、戦狼の魔核が12、樹木の精の魔核が10。キノコ人形の身体で無事な物を30体分、戦狼の毛皮が7体分も回収している。
もしすべてを金銭に換算したのであれば、銀貨で80枚程度。ウーツにいたころのウォルターの月収は銀貨20~25枚程度。移動を含めたった半日で3倍以上の収入である。魔核買取所に行かないので気が付くことは無かったが。
これだけ収入が高くなるのも収納袋のおかげである。
通常、討伐者は討伐者だけでダンジョンに潜らない。というのも、モンスター素材のうち特に貴重な物を確実に回収するために、専用の荷運び人を雇用していくからだ。
だが、この荷運び人がいたとしても、そう多くの素材を回収できるわけではない。荷運び人一人に付き、重さ30㎏が大体の上限である。
キノコ人形の身体など、持って帰れば大した手間も無く確実に換金できる食材であるが、そんなものをわざわざ持って帰る討伐者たちなどいはしない。それよりも有益な薬草やもっと貴重で高く売れる木竜の体の一部を持って帰った方が効率がいいからだ。
そうやって残されたモンスターの身体は、例えばキノコ人形の身体であれば食材としてその場で食されるなど、現場で使えるだけ使われそのまま放置される。荷運び人がいない小さな討伐者ギルドであれば魔核以外はすべて放置だ。帰る前の戦いで得た素材を回収するかもしれない、その程度にとどまる。
だが、収納袋のような重量制限などを無視した運搬手段さえあればすべて持ち帰ることができる。それだけで一回の稼ぎはかなり大きく変わり、その増収分だけで魔核のみ回収した時の2倍程度になる。
なお、魔核一つで100gも無い程度の重さだ。
素材は数10㎏、下手すると100㎏以上もするのに魔核の倍程度の値段しかつかないと考えると、魔核しか持ち帰らない討伐者の判断はそう間違っているとも言えない。
少ない戦闘回数で大きく稼ぐというのであれば、素材などの持ち帰りをするのも間違ってはいないが。
素材の持ち帰りについては各ギルドの運営方針に任せられている。ただ、ギルドに対して領主側から依頼が発生することがあり、その場合は報酬に色を付けられたりするので、ギルド側も素材回収に力を入れたりする。特に多いのが食料関係で、穀物の備蓄を増やすためにモンスター肉を要求されることが多々ある。
ウォルターは持ち帰った素材や魔核の入った収納袋を前に、少し落ち込んでいる。
マキから換金禁止を言い渡されているからだ。
現金が欲しいウォルターは、換金前の魔核と素材をそのままにしなければいけない事に拒否反応を示してしまったのである。
「この町を出る前にまとめて換金しますわ。いい加減、シャキッとしなさいな」
「……うん」
「重症ですわね」
どこか諦めの付かない虚ろな表情で収納袋を見るウォルター。
中身がいくらになるか分からないが、それでもこれまで金銭で苦労してきた身である。早く換金して現金収入を得たいと思うのは止められない。もし換金していくらになるか分かっていたらマキの制止を振り切ってしまったかもしれない程度に、貧乏を忌避する習性が身についてしまっている。
クーラはウォルターを「金で動かない人間」と評価したが、実際はこの程度である。その場その場の感情で動いてはいるが、その中には金銭的欲求も当然含まれていて、もし金貨を積んでもその価値を理解できないでいるだろうが、クーラについて何も知らない状態で銀貨を100枚か200枚積めば、かなりの確率で尻尾を振っただろう。知った状態でなら、おそらく頭を抱えて悩んだに違いない。
貧乏生活が長かったことがウォルターに金銭欲を染み付かせた。つまり、貧乏が悪いのである。
「戦狼の皮は鞣しておきなさいな。その方が高く売れますわよ」
そんなウォルターをいったん放置して、マキはクーラの調査をするために町に出た。
マキは高性能だが、さすがに初めて訪れた町で情報収集するのは難易度が高かった。
もともと目立つ容貌をしているため、隠密行動に向かない。人に話を聞いて回れば確実に記憶に残る自覚がマキにはあった。昨日嗅ぎまわっていることを知られていることを考えれば、今更と思うかもしれない。しかし昨日は情報の焦点がクーラではなくバグズにあったので、今からでも嗅ぎまわっていることを知られないようにするのには意味があるとマキは判断した。
他人から聞き込みを行わずにどうやってクーラの情報を集めるか。
それはクーラの母体、バームソロ商会について調べればいい。
バームソロ商会の行動をクーラの行動と考えれば、クーラの為人が分かるというものである。
商人として優秀という話はそこかしこで聞くことができる。冷徹怜悧、人としての感情を置き忘れたかのような悪辣な剛腕を持って商会を引っ張る、若き天才だとも。
だが、具体的にどのような分野に手を出しているか。その先でどこまで成功を収めているかで人物鑑定を行える。農業、商業、工業のどの分野に力を入れているのかだとか、雇用している人員の性別や年齢層など、売り物の値段や品揃えにも人格というのは透けて見える。
マキはまず町の人間が利用するための商業区画に足を運んだ。
(平均的に、日用必需品を中心に揃えていますわね。雇用層は広く浅く、1つの店に対するにはやや過剰な人員量。店の分布は町全域をカバーすることで手の届かない所を無くすよう、消費者を意識している。
ですが、問題はそこではありませんわよね。孤児院にまで手を出しているとは思いませんでしたわ)
商品に日用必需品を多くするのは、確実に売るためであり、堅実性の表れ。
そして町全体をフォローしているという事は専売していることを意味する。この世界に独占禁止法があるはずも無く、むしろ領主が率先して塩などを専売しているので、バームソロ商会に逆らうのは、町の人間にはほぼ不可能と言っていい。
その状況で必需品を抑えるというのは買い手の生活を抑えるという事である。特定の相手に対し「売らない」という選択肢を突き付ける事で言いなりにすることもできる。もちろん他の誰かからフォローしてもらえば済むようにも思えるだろうが、その相手だって自分が必需品を変えなくなれば生活に困る。独裁も思うが侭だ。
ただ、そんな悪辣さに加えて孤児院経営までやっているという事は人員確保に余念がないという事。店を一気に増やすためにノウハウを学ばせていることも含め、拡大志向の強さも懸念材料となる。それに孤児院という弱者救済は、自分の信者を作る事すら容易にする。
(厄介ですわね。やっぱり何も考えず、何も見ずに殺してしまうのが正解でしたわ)
知ってしまえば身動きが取れなくなる。
マキにそれは当てはまらないが、ウォルターの事を考えると、頭が痛くなるのをマキは感じた。




