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アナザーマジック・レギオニース

 ウォルターはチランを遠くから眺めていた。

 かつて居を構えていたその都市は大陸でも最大の都市と言われている。あれから復旧された旧帝都ミスリムは、今では永世中立を掲げる自由都市ミスリムとして生まれ変わっていたが、チランを超える規模にはなっていない。それほどチランの発展が目覚ましかったのだ。



 チランの公王家。その血筋は耐えることなく、今も連綿と続いている。

 直接会ったことは片手で数えるほどしかないが、今の公王はメルクリウス(御先祖様)によく似た顔の、野心溢れる自信家だった。

 柔和で、それでいて現実を見て行動を起こす強い芯を持ったメルクリウス。公王は、周囲を顧みず野心を満たす為邁進してどのような被害も許容しかねない危うさがあった。


 ウォルターは公王がかつて見た顔(メルクリウス)と似ていただけに感じられた違和感が強く、感じた不安に従ってチランを警戒していたのだが、そに不安が見事に的中した形だ。





 すでに宣戦布告は済んでいる。

 フラガ辺境伯領の一員として、チラン公王家の悪行を正す為に。

 周囲の国々にも連絡済みであり、今回の戦争は見せしめの意味合いが強い。一罰百戒。チランを徹底的に叩きつぶすことで他の国が似た様な研究をしないように求めるのだ。


 ウォルターは、完全な勝利を目指す気でいた。

 たった一人のウォルターではあるが、その戦闘能力は人間の限界を変えている。精霊魔法と生命魔法が広がり200年前よりも強くなった人間であるが、ウォルターの域に到達できる者はいない。

 こと戦闘能力において、ウォルターは規格外の天才なのだ。


 そんなウォルターの考える完全な勝利とは、相手が出兵した直後に口上を述べ、正面からの力比べを行うというもの。

 出兵直後を狙うのは相手を混乱させる意図ではなく「行軍速度の速さ」を見せつけ、「住民の前で叩き潰す」為だ。ついでにそのままチランを落とし、公王家を抹消する。

 そこに慈悲を交えず、徹底的に。見せしめとは、そこまでやるかと周囲が思うほど叩き潰してギリギリ合格点なのだ。もうやめろと周囲に口を挟ませてしまうのが正しい流儀である。

 二度三度と同じ過ちを繰り返させないために。

 いや。また100年200年後には同じ事が起きるのだろうが、せめてそれがより遠い未来となるように。ウォルターは覚悟を持って戦うつもりでいた(・・・・・・)



 戦を待つウォルターに、救世教会の司祭、ウォルターとも顔見知りの男が伝令として駆け込んできた。


「た、大変です! 周辺各国はチランに同調! フラガ辺境伯領に対し、宣戦布告を致しました!!」


 それは、ウォルターたちの誰もが考えていなかったシナリオだった。





 ウォルターは行きがけの駄賃というか、二度手間を防ぐ為にチランの王城を完全に焼却し、5つあった軍事施設らしき場所のうち4つも焼き払ってから領都に戻る。散発的な抵抗があったがその全てが無駄で、ウォルターを害せる可能性がある者などいなかった。

 戦前の口上もほとんど省略していたので民間人にも多数の死者が出たが、それでも何もせずに帰るという選択肢は無かった。30万人都市チランは兵士の7割以上である1万と、城にいた公王家の血族全員を失い、ウォルターが引きつれてきた文官団に支配されることになった。戦うのはウォルター1人でも、その後を考えて人を連れてきていたのだ。

 チランはこれで終わりとばかりに踵を返すウォルターは、かつての戦いとは全く違う様相に拳を握り、その怒りを鎮めようとした。



「まったく。やれ内政干渉だ、今更女神の神託でもあったのか、それがお前たち(フラガ)の言葉でないとどう証明する。あまりにくだらなすぎて笑えてきますわね」


 フラガに戻ったウォルターを出迎えたマキは、周辺各国から送られてきた宣戦布告の書状をウォルターにまとめて押し付けた。


「それで。チランはどうしましたの?」

「時間が惜しかったから兵が出てくる前に潰しちゃったよ。王族と兵士はほとんどいなくなったから、しばらくは大丈夫だと思う」


 お互い、どこか疲れた表情で言葉を交わす二人。

 周辺国家代表達の、あまりの頭の悪さ(・・・・)に頭痛がするのだ。

 少なくとも、すでに攻略法が見つかった手段に固執する時点で見る目が無い。せめてそれをこちらに認めさせようと努力しているのなら分かるが、勝てない相手に喧嘩を売るというのはどう考えても悪手だ。事実、チランはウォルター相手に何もできず、あっさり負けた。

 対抗手段があるわけでもなく、虎の尾を踏み、哀れに散る。


 いくらなんでも酷過ぎる。


 それが二人の、フラガ辺境伯を知る者の考えだった。





「あの時とはずいぶん違いますわね」

「そうだよね。あの時は女神の神託のもと、連合軍を作って悪い奴をやっつけに行ったのに。今は女神の教えを捨てて、連合軍を作った悪い奴らが攻めてくる。言葉の並びを変えてちょっと言い方を変えただけでここまで違うとね、もう笑えない」


 かつて人外兵の研究に手をそめたのは、たった一人の研究者だった。

 彼を討つべく連合軍が結成され、ウォルターとマキは長い戦いに赴くこととなった。


 今度人外兵を研究していたのは、周辺各国だった。

 彼らは連合軍を結成し、ウォルターをマキを討つべく無謀な戦いに挑むことになった。


「一度確立された技術は、例えそれを成したのが天才の手だったとしても、一度その概念さえ広まってしまえば、10年か20年で再現されるだろう」

「……マキ?」

「あまり言いたくはありませんが、ワタシのような、ホムンクルス・カーディアンもこの世界の技術をベースに成り立っていますわ。持ち込まれていない技術も多くあるので再現不可能とは思いますが、もう100年200年、それだけの時間があればいずれは」

「マキ?」

「簡単な話ですわ。この問題が解決はしないという、たったそれだけの話ですの」

「マキ……」


 どこか沈痛な表情を見せるマキに、ウォルターは言葉を失った。

 それはこれからも続く地獄(・・)を思ってか。断ち切れない人の業に打つ手が無い自身の無力を嘆いてか。マキの目から、涙が一滴零れ落ちる。


「覚悟を決めますわ。今ある全ての王家を滅ぼすほどの覚悟を。一度、世界をリセット(・・・・)するほどの覚悟を」 


 ウォルターは何か考えるようにマキを見ていたが、一度マキから視線を外し、訥々としゃべりだした。


「ねぇ、マキ。出会ったころの話を覚えてるかな?」

「いきなり、なんですの?」

「僕はまだ顕現魔法が中途半端で、精霊魔法を覚えたばかり。そんな僕を、マキは『ホムンクルス。カーディアンの調整ができるまで鍛える』って事で、いろいろと教えてくれたよね。当時の僕の目標って、生命魔法を鍛える事だったんだけど」

「ウォル?」


 今度はマキがウォルターに投げかける言葉を失った。ウォルターが何を言いたのか分からないので。


「いっぱい、勉強したんだよ? 自分でホムンクルス・カーディアンを作れるぐらい」


 ウォルターの目がマキを捉える。

 己の為すべきことを決めた目で。


「人間から、ダンジョンを取り上げる。全てのダンジョンに僕のホムンクルス・カーディアンを配置して、支配させる。

 ……ダンジョンが無ければ、たぶん大丈夫だよね?」


 人外兵の技術は、ダンジョンから魔力を供給されることを前提に運用される。

 人間の魔力でも構わないのだが、魔法使いが人1人を顕現し続けるというのはどう考えてもコストに見合わないし、メリットが薄い。たとえ技術として確立しようが、使う意味が無くなる。


「その場合、人間同士の戦争になりますわね」

「今のままでも戦争になるよ? というか、もうなっているよね。

 だからさ。ダンジョンの替わりも、僕らでやる。人手が増えれば、できる事も増えるし、きっと何とかなるよ」


 ここでウォルターは笑顔を見せた。それまでの重い雰囲気を払うような、心からの笑顔を。

 そんなウォルターを見て、マキは苦笑する。


「大変ですわよ」

「僕らって、寿命が無いから何とかなるよ」

「フラガはどうしますの? このままワタシが統治すると問題だらけのような気がしますわ」

「そうだね。だから僕らは統治者から降りよう。そもそも、死なない僕らが為政者側にいるのって問題が大きかったからね。死なない僕らがいて、無意識でも他の国を刺激し続けた結果が、今の状態じゃないかな?」


 いろいろと問題点を羅列していくマキに、ウォルターは答えを返しながら自分のやる事を形にしていく。


「みんなにはどうやって設明しますの?」

「ほら、僕らって神様の御使いじゃない。だったら「僕らにも天に帰る時が来たのだ―」って言えば、何とかなるよ」

「何ですの、それ」


 いくつもの質疑応答を繰り返し、二人は笑う。

 先に明るい希望があるわけでもないけど、ただ二人でまた何かを始める事に喜びを感じながら。






 これは一人の少年の物語。

 100の姫を従えて、世界の危機や大乱の世を救う、誰もが知っているお伽噺。

 多くの街を焼き払った魔物を打倒し、大陸に覇を唱えた悪しき王の野望を砕き、名前を残さず去っていく、軍勢の英雄譚。


 アナザーマジック・レギオニース


 この世界には無い魔法を使う、少年と、彼が率いる軍勢の話。

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