200年後の世界
自称皇帝、イーヴォが引き起こした災厄から200年が経った。
ウォルターとマキの二人は未発見のダンジョンを管理し、そこを拠点に新しい町を作った。
フラガの名で作られたその町は、女神の使徒だけでなく口減らしの障がい者や戦災孤児を集めたことで人口はすぐに1000人を超し、200年経った今では1万人に届きそうな勢いで人を増やしている。
食料供給や水回りについてはダンジョンを利用することで対応し、なんとか人口増加に喰いついている。しかし水の問題は如何ともしがたく、これ以上の人口増加は見込めない様子であった。
産業の方は、目立って何かがあるという訳ではない。ただ、ウォルターとマキがいるという事で教会関係者が巡礼に訪れるので、そんな彼らを迎えるにふさわしい、教会勢力の象徴になりそうな大教会を70年前から建築中である。完成予定は建築開始から100年後を考えている。あと30年はかかる計算であった。
この町を治めるフラガ辺境伯は未だにマキのままである。
そして、その傍らには200年前と変わらない姿のウォルターがいた。
「マキ、大教会の工期が遅れてる。人手不足。やっぱり高所作業ができる人員が少なすぎるんだよ」
「……精霊魔法の補助があって、まだ難しいままですの?」
「高い所を怖がる人って、多いからねー」
ウォルターはあの戦いの中ですでに人間を辞めていた。
通常の精霊魔法の行使でこんな事にはならない。だがウォルターは『魔法化』という技術で自分を魔法に変換することを覚え、人間としての規格を一つ外した。その後も多くの無茶をして、人間ではできないレベルの魔法行使に挑み続けた。結果として、人間を辞める事で魔法行使に適応した。
今のウォルターは“元”人間で、人から神への一歩を踏み出した亜神、現人神である。
寿命の概念が無くなり、姿は人間を辞めた当時のまま。ただ、浮かべる表情は老人のようであったが。
二人の話題は現在作っている大教会のもの。
ウォルターは手にした紙の束をマキの机の上に置き、話を続ける。
「町の整備に人を使っているから、大教会に人を回せないのは分かるよ? けど、最近のお布施って「生きている間に大教会の完成を」って人が多いしさ。もう少し頑張ってもいいと思うんだ」
「駄目に決まっているでしょう? 他の施設もまだ必要ですわ。大教会のために生活が脅かされるようでは本末転倒。あら、ここの計算が間違ってますわ、ウォル」
渡された書類に目を通し、内容を確認するマキ。マキの視線がある一点で止まり、そこから目を離さずにウォルターを手招きした。
「ほら。予算の見積もりが甘くなっていますわ」
「あー。ごめんね? すぐに直すよ」
マキが手にする書類に書かれていた表題は「チランの調査報告書」。
内容はチランで行われている、とある人体実験に関する物。具体的には、「ダンジョンの魔力を使った人外兵の研究」、その進捗状態だった。
マキがウォルターを呼んで指示した部分には「すでに研究は完了していると予測されます」という一文。
もう防げないところまで事態が進行しているという報告だった。
二人は防諜の為に全く関係の無い会話をしつつ、ここ最近の情勢について話をしていたのだ。
あの戦争の後、連合各国はダンジョンの魔力を吸収する吸魔石の研究を始めた。皇帝が「できる」という証明をし、マキが「実現している」ので、連合の研究者たちはたとえ教えてもらえずとも諦めず、自分たちでこの難問に挑んだ。
しかし、あの技術は人外兵とワンセットで運用する技術であった。皇帝やマキの存在を考えればそれは当たり前のことで、外部で制御する誰かが必要だったのだ。
最初はただの魔法使いがこれに挑んだが、それはすべて無駄に終わる。術者が意識を僅かにでも逸らせば駄目になる吸魔石の試作品。やはり人外兵やホムンクルス・カーディアンのような存在が必要と結論が出て、研究は170年前に凍結された。当時の人々は皇帝の脅威を覚えていたため、人外兵を作るところまで研究を進めなかったのだ。
ただ、人は忘れる生き物である。
当時を知る人間がいなくなり、人外兵の存在は禁忌であるとされても、ダンジョンを制御できる技術というのは為政者には甘い毒であった。モラルを忘れ、人体実験に手を染めてしまった。
その技術を形にしたのがチランだったというだけ。
かつて皇帝に多くの命を奪われた国こそが、人外兵について最も詳しく調べていた。
本当に、たったそれだけの話だったのだ。
「しばらく僕の仕事も無いし、大教会の方の手伝いに行ってくるよ」
「“天使様”が御出陣とあれば、大騒ぎになりますわよ?」
「仕方がないよ。知っててこのままってわけにもいかないし、さ」
二人の会話はこうだ。
「大教会の件が手遅れになった。調査に回せる人間が少なすぎたんだよ」
「他の国の事もありますわ。チランだけに集中して人を派遣するわけにもいかないでしょう? それより、これは本当ですの?」
「手遅れになってますわね」
「そうだね。すぐに動くよ」
「他の仕事もあるけど、これが最優先だよね」
「分かりましたわ、あとは任せなさい」
「じゃあ行ってくるよ」
付き合いの長い二人は、視線と表情だけでも会話ができる。言葉の裏を読み合うぐらい、意識せずともできていた。
手を振って別れを告げるウォルター。
マキは人というものを思い、皇帝の言葉を思い出すと溜め息を吐いた。
次話、最終回




