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論功行賞、ウォルターの目標

 春先に戦場に向かったチランの戦士たちと女神の使徒の信徒たち。そしてウォルターとマキは夏の半ば、約3ヶ月ぶりに自分の家に帰ってきた。

 その数を、大幅に減らして。



 チランの街中は巨悪に立ち向かった勇者として殉じたフリードの件であまり良くない空気だったが、それでも戦勝に沸いた。

 悲しい事があったのだから沈んでしまうのではない、悲しい事を吹き飛ばそうと叫ぶのだ。

 悲しみも、嘆きも、その他の負の感情のなにもかも、叫んだ声といっしょに消えてしまえとばかりに、戦争が終わった喜びを叫ぶのだ。

 天に、彼方に、届かぬ誰かに向けて。

 もう戦いが終わったのだと。死んでしまったお前たちのおかげで戦争が終わったのだと。


 そうして人の営みは続いて行く。





「――以上の功績により、救世教会の聖女マキを戦功第一等とし、ここにそれを賞し、新たにフラガ辺境伯を任ずる」

「はっ! 女神難信の法を説き、かの地にて衆生導く旗となりましょう」


 チランの王城内、まだ仮設でしかないそこで行われた論功行賞は恙なく終わった。

 死者の功績に触れるとき、その身内から涙がこぼれたが、大きな問題が起きる事は無かった。


 戦場に出た兵士たちには金一封が送られ、それは死んだ兵士の家族にも送られる事となった。

 一般的な平民の給与1年分の報酬は命を掛けて戦った報酬としてはかなり安いのだが、そもそも兵士とはそういう役目を負うものであり、数多い兵士全てに対し公平に多くの賞与を出せば国が傾く。これでもチランは頑張って資金を捻出したわけである。


 戦功を讃えられた者達のうち、ウォルターは金品の類を一切受け取っていない。

 そのかわり教会が直接受け取れなくなっていた浄財金、つまりは御布施の類に関する面で利権を手に入れており、長期的に見ればかなり多くの金を得られる立場になっていた。



 そして最も大きな戦功を挙げたマキは「聖女」などと言う大仰な呼び名と共に、いくつかの勲章などが授与されることになった。

 ウォルター同様、マキも金品の類は受け取っていない。二人にしてみれば金銭はそこまで多くを必要としておらず、戦争前の精霊石で荒稼ぎをしたことも手伝い、チラン限定とはいえいくつかの特権を得る方がはるかに価値がある。


 その特権こそが、辺境伯の地位だ。


 二人はチランの下に着く事無くチランの公王に匹敵する地位を認めさせ、法的経済的に自由に使える土地を手に入れたのであった。





「女神の使徒のみんなが、安心して暮らせる土地が欲しいんだ。

 人の手が入っていない土地を貰うのって、そこまで難しくないよね? 人の手が入っていないって、そうするだけのメリットが無いって事だろうし。

 じゃあ僕らが貰って、女神の使徒のみんながだれに気兼ねすることなく生きていける場所を作ってさ。新しく国を作るぐらい頑張るのも悪くないと思うんだ」


 ウォルターがかつて語った夢は、自分と同じような誰かを癒せる魔法使いになりたい、だった。

 それが触れ合う人が増えたことにより、見知った誰かを助けたいという形に変わった。


 見知らぬ誰をを助けたいという考えは一見すると綺麗な夢に見えるが、その実、中身の無い空虚な考えであった。「誰か」という言い方は「誰でもいい」という事だ。そして「誰でもいい事」のために本気になるのは、普通の人間には難しい。それよりも近くにいる誰かのために本気になる方が簡単であろう。

 ウォルターの場合、バグズという知り合いを無くしたことで顔も知らない「誰かのため」などと言う考え方ではなく、自分が守りたいと思える「見知った誰か」を守る方に思考が変わった。そして手を貸したい、守りたい相手として、女神の使徒の人々を選んだ。



 チランと女神の使徒の確執を考えれば、それが早々に解決すると考えるのは難しい。ウォルターは天使様や使徒様などと持て囃されてはいるが、身内を殺された怒りや世代を超えて続く恨みつらみが偉い人(ウォルター)の一言でどうにかなるなど、ただの妄想でしかない。


 そうであればどのような解決策があるか?

 ウォルターの結論は、「一時的に距離を置き、冷静に考える時間を作る」というもの。数世代分の考えなら、その一時的も数十年と割り切ったのである。

 目に見える距離で恨み言を言える距離にいれば憎しみも実感を伴って伝えられるだろうが、大きく距離を離して交流を断てばどんな恨み言も他人の意見のまま風化していくだろう。世代が完全に交替する50年後60年後ならきっと今よりまともに話し合えるだろうと、未来に希望を託すのだ。



 チランの側にしてみればウォルターとマキがいる事で得られるはずだった利益が全て無くなるのだが、二人がいる事で発生する問題も一緒に無くなると考えればそこまで大きな不利益ではない。

 なにより大きな譲歩をすることで支払う報酬や与えねばならない「第一等に相応しい論功行賞」をゼロに出来る。戦功第一等、つまり一番大きな功績を挙げた者への報酬は一番多くなければいけない。少なければそれより下の者への報酬も必然的に減らす必要があったため、本来ケチってはいけない報酬を相殺できるのは大きかった。ウォルターの分の報酬も含めてしまうと無視できない大きな負担だ。それをなくしチランの経済的ピンチを回避するのにちょうど良かったのである。


 ウォルターが手に入れたがった土地はダンジョンがあるかもしれないエリア。チランとアイガンの間にある、パッカーという小さな村の北に広がる森である。

 未発見のダンジョンがある土地を与えるだけで定期的な防衛費用が無くなり、チランの側には利益の方が大きいぐらいだ。


 いくつか考えていた事業ができなくなる。

 しかし厄介者が消え、支払う報酬が無くなり、毎年の支出が減り、恩が売れる。

 逃す利益があっても無くなる不利益と得られる利益がある。

 相談を受けたメルクリウスが頷くのもしょうがなかった。





「それに……あの二人がいるようでは、あれを研究するのも難しいですから」


 一部の家臣は二人を引き留めるべきだと言っていたが、それでもメルクリウスは二人の意向に沿う形で話を進めた。祖父であり相談役であるアレスもそれに同意している。


 チランでの用事を済ませ、旅立つウォルターとマキ。

 そんな彼らを執務室から見送るメルクリウスの手には、黒い(・・)石のようなもの(・・・・・・・)が握られていた。

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