モンスターハウスⅢ
木の巨兵はまだいい。ウーツにいたころにも聞いたことのある、事前情報のあるモンスターだ。
しかし、木竜に関しては全く情報の無い、強敵だった。
木竜は体長8m、翼の無い、巨大なトカゲのような姿をしている。その体は樹木でできていて、ねじれた木々と蔦が重なり合い、ドラゴンの形をしている。実際にドラゴンという訳ではなく、ドラゴンに見えるだけのモンスターだ。
強さを言えばランク3ダンジョンの中ボスとなっていることからも、絶対に攻略不可能なモンスターではないと言えるだろう。ランク7のダンジョンで出て来る雑魚よりも弱いモンスターでしかない。
ウォルターも、1体だけ、単独であれば対処可能だっただろう。
しかし、この場には他のモンスター、倒しきれなかったキノコ人形や樹木の精、一緒に登場した木の巨兵がいる。
戦況は、かなり悪かった。
「大勢いるときは……数を減らす!」
多数を相手するときに気を付けねばならない事は、「どの敵から倒すか」である。
優先順位は「回復役」が最も高く、次に「攻撃担当」、「サポート要員」、「壁役」と続く。状況や敵の構成、攻略難易度によって優先順位は変動するが、基本的にはこうである。
回復役を生き残らせればそれだけ戦闘時間が伸びるし、体力や装備の消耗と集中力の低下による危険度が高くなる。真っ先に潰す相手だった。
運のいいことに、敵の前衛を務めるキノコ人形が邪魔をして木の巨兵や木竜の相手は後回しにできそうだった。
キノコ人形の攻撃を火炎鼠が捌き、ウォルターが≪火弾≫で樹木の精を倒していく。
数の面だけで言えば、ウォルターが有利に見える。徐々に減っていくモンスター。傷を負わぬ火炎鼠。全てはウォルターが願うように進んでいく。
たった一つ、ウォルターの残り魔力という不安要素を残して。
「これで……ラスト!」
最初の戦闘開始から20分、ウォルターはようやく最後のキノコ人形を潰した。火炎鼠を全て攻撃に回し、積極的に狩りをおこなった成果だ。
残るモンスターは木の巨兵と、木竜のみ。
だが、ここまでの戦いでウォルターの残り魔力は2割を切り、あと10分と戦っていられないだろう。
だから、
「退くぞ!」
迷うことなく逃亡を選択。
そもそもウォルターにしてみれば強敵をここで倒さねばならないわけでもなく、何より無謀な突撃と勝利のための戦いを混同するほうがより怒られるだろうという考えによるもの。
足の速さで言えば逃亡は不可能ではなく、身体強化をすれば確実に逃げ切れるだろうと言えた。
仕掛けておいた油に火をつけ、一時的な足止めとする。火は一瞬で通路全体に広がり、ウォルターたちとモンスターを遮断する。
本能的な反応として数秒停止してしまった木の巨兵だったが、火の勢いそのものはそこまで強くなくダメージを受けるものではないと判断し、燃え盛る炎の壁を越えてウォルターを追いかけようとした。
しかしウォルターの姿はすでになく。モンスター2体はしばらくその場にとどまっていたが、自分の持ち場へと戻っていった。
「及第点を差し上げますわ」
「怖かったよ、本当に」
戦場跡、焼けた通路。幾多のモンスターの死骸が折り重なったその場所に二人はいた。
モンスターの身体から魔核を剥ぎ取り、収納袋に入れる。数が多いので一苦労だ。
あの火罠は目くらまし目的だった。
少なくとも、木の巨兵に普通の火で攻撃しても意味が無いという話はウォルターも知っている。だから攻撃以外の目的、逃走用の目的で設置した。
実際にどこまで効果があるかは分からなかったが、姿を消し、気配を絶つ程度の時間稼ぎができた。逃げやすい場所を確保したこともあり、上手くそれがハマった形である。足の速さだけでもなんとかなっただろうが、出来る限りのことをする。生き残るためであり、相応に必死だった。
「ですが、細かい反省点はありますわよね? まずは自覚しているものを挙げなさい」
「敵戦力の見極めが甘かったこと、回復役を放置したこと、各個撃破に追い込まなかったこと、です」
「よろしい。それが分かっていれば十分ですわ」
キノコ人形の身体の部分を収納袋に入るサイズまで小さく切り分け、マキは食材を確保した。マッシュルームの名を持つ通り、キノコ人形は食べることができる。見た目の悪さから嫌厭する人も多いが、味は普通である。珍味扱いされ、多少の取引は行われている。中には成育の簡単さから街中で育てる豪の者もいる。ちなみにキノコ人形の育成は事前に報告をしておかないと捕まってしまうが、ある程度の戦力さえあれば許可は下りない事も無い。
マキはウォルターが戦っている最中、後ろから監督していた。
その戦いぶりを見れば、あまり褒められたものではないと厳しめの点数を付けている。
しかし生き残り、こうやって収入も確保できた。褒めることは出来ないが、直すべき点さえ理解しているのなら怒ることは無い。生存本能を軽視するのもあまりよくないからだ。強敵相手に無謀な突撃をしていれば、無策のまま戦いだせばその事を怒っただろう。最低限やるべきことはやったので、お説教は無しである。
「では、今日はもう帰りますわよ。ダンジョンで得たモノはまだ売り払えませんわ。こちらの戦力を推測する材料にされますもの。どうせミリィの家に厄介になるのですから、現金収入が無くても構いませんわよね」
「え? 今日も泊るつもりなの?」
「? 護衛も兼ねるのなら、その方が効率がいいですわよ。家人から許可はもらいましたわ。現金の代わりに魔核を渡し、ワタシ達の戦力を知らせ安心してもらう事にしましょう」
今日もバグズの家に厄介になると分かり、ウォルターは狼狽えた。
昨日1日であればあまり気にならなかったが、他人の近くというのはそれなりに緊張するからだ。宿を取り、個室で眠ることを考えていたウォルターにしてみれば青天の霹靂である。想定外である。
それに、ウォルターが狙われるなら宿に行ってバグズに迷惑を掛けない方が良いのではないかと思うのだ。
「そんなことをして、ワタシ達がいない間にミリィが襲われたらどうしますの? ウォルが現れた事でどう動くのか分かりませんのよ? 今は一緒にいるべきですわ」
その事を言っても、マキはウォルターの反論を潰す。
それならこうやってダンジョンに出る事自体にリスクがあるのだが、ウォルターは気が付かない。
こうしてウォルターたちはダンジョン攻略を切り上げ、アイガンの町に戻るのだった。