研究者イーヴォ
ウォルターとマキ。
この二人を相手取った場合、皇帝に勝ち目はない。
兵士の戦闘能力で圧倒的に劣り、マキを奪うための魔法陣が不発に劣ったのだから、もう勝てない事を認めるしかない。
勝てないから、負けないために逃げる。それは当然の判断だ。
プライドよりも命を優先。
だから皇帝はダンジョンの奥に二人を引き込むと、全力で逃走を図った。
皇帝は大きな背負子を背負い、独り走る。
「死んだら、そこで終わりだろうに……っ!」
途中に外法兵らを配置して、洞窟を崩すように指示を出す。
二人相手にどれだけ有効かは分からないが、やらないよりはマシだと悪あがきをしているのだ。
「もう、復活もできないのに! 追ってきおって!!」
前回の戦争で、皇帝が何度も復活できた理由。
ダンジョンから吸い上げた魔力を封魔札に自動供給することで離れた場所に何度でも顕現できる、無敵のシステム。
それが有効なのはダンジョンの魔力を供給できるからだ。ダンジョンを取り上げられた今、再度顕現することはできない。
そして何より、皇帝の封魔札、それを破壊される危険があるのだ。もう恐怖しかない。
「ここまでコツコツと積み重ね、ようやくここまで来たというのに! ようやく大陸に覇を唱える事が出来るというのに!」
いや。
恐怖を超える、怨嗟がそこにはあった。
「神の傀儡め!! ヒトという不完全な種の、正しき進化を否定するとは!!」
人間とは、須らく自由を求める生き物である。
そして自由という鎖に呪われた生き物でもある。
“皇帝”イーヴォ=ヴァインマイスターはかつて顕現魔法を研究する、帝国の研究者だった。
彼は貪欲なまでに未知を解き明かそうとする研究者であり、知識欲を「自由」に満たそうとしていたが、研究者であっても倫理観による「規制」から、できる事と出来ない事を分けられていた。
その倫理観、「規制」の正体は「女神の教え」である。
帝国は、皇帝は救世教会から実権を取り上げてはいたが、その教えまで捨てさせたわけではない。むしろ腐敗した教会よりも粛々と教えに従う、敬虔な信徒という立場を示していた。
当然のように、所属する研究者にもその教えを守らせていた。
研究者イーヴォには、その「女神の教え」という名の「規制」がどうしても許せなかった。
なぜ、知りたいと思う事が罪なのか。
なぜ、未知へと挑戦する事が罪なのか。
なぜ、女神の教えに従わねばならないのか。
知りたいと思い、未知へと挑戦し、新たな技術を確立することで。人は豊かな生活を得て、繁栄するのだ。
女神の教えに従う事が、繁栄の手段ではない。むしろ、女神の教えは人にとって害悪である。
研究者イーヴォは自身の信念にのみ従い、効率のいい統治システムを作り上げる。
それが「傀儡蟲」と「人外兵」、そしてダンジョンを魔力源とする「吸魔石」であった。
人間の脳を食い漁り、忠実な人民に仕立て上げる傀儡蟲。無くなるのは脳みそだけなので生殖機能は生きており、ある程度そのまま育てる必要があるが、下等な人間を繁殖させることができる。
成長した人間を人外兵に作り替え、その数を増やしていく。人外兵になれば死から逃れ、人類の悲願であった永遠を得る事が出来る。そもそも、人外兵は皇帝たるものの意思によって制御可能なので、新たな人類には戦争という概念が無くなる。犯罪も、不平等も、人の不幸の何もかもが消えてなくなる。
その素晴らしき世界の為には多くの魔力が必要であり、供給源にダンジョンを利用する。ダンジョンの魔力は枯れるが、そうなった方が労力の削減になり都合が良いので一石二鳥である。
しかし皇帝はその研究を完全否定し、研究者イーヴォを殺した。
前者二つは人を素材とする禁忌に触れていたからであり、後者はダンジョンという戦争抑止力を失った後を想定してである。
当時の皇帝は人間を信じてはいたが、人類をを完全に信用しておらず、ダンジョンが無くなれば必ず大規模な戦争が始まると考えていたのだ。
研究者イーヴォは死の間際に自身を外法兵、彼の考える「進化した人類」に作り替え、窮地を脱出した。
そして生まれたのが皇帝イーヴォである。
彼は研究の成果を最大限に利用し、力で皇帝の地位を手に入れた。
あとは静かに、着実に。周囲に悟られないように帝都を飲み込んだ。
ここまでの結果を得るのに、研究者になってからおよそ30年。
イーヴォにとって、それは人生の全てだった。
「正しき理想の世界を理解できん愚か者どもめ! いつか必ず、報いを受けさせてやる!!」
だから、自分の人生を否定しようとする全てが憎かった。
争いを肯定し、世界を混沌に陥れようとする者たちを殺したかった。
その為にも、皇帝イーヴォは自身の封魔札を背負い、ダンジョンを走って逃げる。