最終決戦 新ダンジョン④
二人は40㎞ほど歩き、野営の準備に取り掛かる。
「マキ、不寝番はどうする?」
そんな中、ウォルターが気にしたのは寝ている最中の不寝番だ。
人間が無防備な時はいくつかあるが、その中でも危険視されるのは寝ている最中である。
普段であれば顕現魔法でどうにかするのだが、ここまでマキが顕現魔法を使わなかったことで「顕現魔法を使いたくない」という事をウォルターは理解しており、そのため具体性を欠く聞き方をしている。
マキはそれに対し、テントを張りながら答える。
「必要ありませんわ。あの程度でしたらしなくても構いません」
「ん? ああ、そっか。分かった」
不寝番は必要ないとマキは考えている。
用意している組み立て式のテントは少々特殊で、かなり高い防刃能力を持っている。武器型の攻撃力ではどうにもならない、はずだ。
それに加えてここまで配置されていた敵の分布から、いくつかの推論が出来るのも理由の一つ。
それと。
この環境下でマキはちょっとした仕込みをしていた。
ウォルターが気が付いたのはその仕込みの方である。
大き目のテントなので、小柄な二人が入っても余裕はある。
二人は簡単な夕飯をとると、そのまま同じテントで就寝した。
二人が寝入ってから3時間ほど。
テントに近づく影が現れる。
ここまで武器型しか出てこなかったが、現れたのは武器型を手にした外法兵である。
外法兵は精霊に近い存在の為、極寒の地でも普通に行動できたのだ。
単調な攻めはそれしか手が無いと思わせる手段で、皇帝は外法兵という手札を隠し持っていたのだ。
相手が油断してくれるチャンスは一度きり。ここを逃せば打てる手ではない。
外法兵は慎重に、音を立てずにテントに近づく……が。
外法兵の足が、動かなくなった。
足元を見れば凍り付いており、氷で固定されていた。
外法兵はここまで歩いてきた事から分かるように、足元が凍りつくような生き物ではない。
それなのに凍りつくのは、それがマキの仕掛けた罠だからだ。
氷系の広範囲殲滅魔法≪氷獄≫。ウォルターの≪炎獄≫と対を成す大魔法。
周囲の低温に紛れ隠されたこの魔法は、範囲内にいる全ての敵を氷漬けにする。一度使ってしまえば後は自動的に効果を発揮するので、物量戦を仕掛けられない限り防ぎきる自身がマキにはあった。
気が付けば忍び寄った外法兵と武器型は全身を氷で覆われ、絶命した。
死体が魔力に還っていくので、あとに残るのは内部が空洞の、氷のオブジェだけである。
そのことをテントの中から知覚していたマキは、予想通り過ぎて手ごたえを感じる事も無かった。
マキは睡眠が不要なので、テントの中にいるのは寝たふりである。これまでウォルターに睡眠不要と言ってなかったので、相手の油断を誘う為にも寝たふりをしていたのだ。
(隙を見せれば手札を見せると思いましたけど、本当に引っ掛かるなんて。ワザとなのか本当に引っ掛かったのか、判断に迷いますわ)
敵が弱いに越した事は無いのだが、それでも一抹の不安を覚えるマキ。
自動迎撃による敵の被害は10体に満たないが、確実な戦果を挙げている。現状、皇帝の手札にマキをどうにかできるものが無いという証明だ。
例外的にはモンスター支配の魔法陣があるが、既存の物が効かないのがやはり証明済みで、改良版が今更出てくることも考えにくい。
普通に考えれば皇帝は『詰み』である。
(まぁ、ウォルの経験値になってもらえばいいですわ)
相手が弱いと言ってもそれは自分基準。普通に考えれば、皇帝は強者の位置にいる。
ならばウォルターの戦闘訓練に使えばいいと割り切り、マキは目を閉じた。




