モンスターハウスⅡ
なぜモンスターハウスができたのか。
自然発生するケースもあるのだが、その多くは人為的に引き起こされるものだ。
よくあるのが、“リンク”と呼ばれるモンスターの能力によるもの。
モンスターの中には他のモンスターを呼び寄せる者が存在し、戦闘中、そのモンスターは近くにいる他のモンスターを呼び寄せる。モンスターが集まる速度が殲滅速度を上回るとモンスターがあふれかえり、討伐者を殺したとしてもモンスターがそのままその場に留まり、モンスターハウスとなる。
もう一つが“トレイン”という、モンスターを引き連れて逃げる討伐者がいた場合。
普通の討伐者にとって、モンスターに敵わなかったら逃げるのは間違いではない。命は何においても優先される。だが、その逃亡中に他のモンスターの近くを通ってしまい、追いかけてくるモンスターを増やしてしまう事もある。最終的に逃亡が成功するかどうかにかかわらず、そうやって集まったモンスターのいる場所がモンスターハウスになる。
ただし、今回はそう言った、通常の発生手順と異なる。
マキだ。
正確には、マキが≪威圧≫でモンスターを遠ざけていたから、押し込まれたモンスターが中ボスフロア、ダンジョンの階層が変わる境目に集結してしまったのだ。
マキは後ろから付けてくる連中に、ウォルターの戦闘跡を見せたくなかった。だからモンスターを≪威圧≫で遠ざけ、戦闘そのものを回避した。もちろん、こうやって集結することまで織り込み済みであったが。
そして集まったモンスターたちはマキの≪威圧≫が解除された解放感からウォルターめがけて殺到し始めた。
迎撃は通路で行われている。森の中なので正確には密集して生える木々の間に通りやすい隙間のようなものが出来ている場所だが、そこで迎え撃っている。
通路の幅は5m程度。壁になる木々を切り倒せばどうにでもなる数字だが、この森の木々は何故か簡単には切り倒せない。よって、与えられた環境はウォルターに味方する。
空を枝にふさがれ薄暗く、通路と認識しているところにも木は生えているため、10mも離れれば先を見通せない状態だ。
ウォルターは火炎鼠を3体召喚している。
うち2体を壁役に、1体を遊撃に回し、自身も後方から≪火弾≫の魔法で火砲支援をしている。
2体の火炎鼠が並べば通路は完全にフォロー可能で、回避行動をする為にもちょうどよかった。壁役は基本的に足止めを行う。
その壁2体を潜り抜ければ、遊撃の火炎鼠が攻撃を加える。
上手く立ち回わせれば遊撃役も壁になり、ウォルターまでは手を出せない状況を作れる。
そうやって時間を稼ぐことでモンスターの戦い方を調べ、攻略手順を組み立てる。
それがウォルターが最初に立てた計画であった。
最初に戦わねばならないのは戦狼だった。
逃走劇により足の速さが早い順に戦う状況ができており、モンスターハウスにいた中で最も足の速い戦狼が初戦の相手だった。
「≪多重起動≫≪身体強化≫!」
火炎鼠は巨大鼠と比較してみれば全スペックが上昇しており、戦狼のスピードにも対応できる。逃走で差がない事を証明している。
戦狼は低ランクとはいえこの場にいるどのモンスターよりも足が速い。その戦狼に対応できるスピードがあるということは、他のモンスターにも対応できるという事である。
とはいえ、それは一対一の話。一対多であれば互角では話にならない。
だからウォルターは火炎鼠3体に対して身体強化の魔法を使った。強化されたスペックであれば後続も含め、何とかなるだろうと考えての事だ。
数は多いが、見たことのある戦狼ということもあり、ウォルターは比較的冷静だった。
火炎鼠らもまた、戦狼にうまく対応している。
触れれば火傷する火炎鼠。戦狼らは攻めあぐね、組し易いであろうウォルターを狙おうとする。
敵が引き気味になれば攻めるに易く、わざと隙を作っては突出させ、上手く叩いて数を削る。
戦狼の怖いところは複数での連携だが、壁役を排除しようとしていたならともかく、守られているウォルターに攻撃しては遊撃役に各個撃破されていった。強化されたスピードで敵の突撃にタイミングを合わせた体当たりをすると、ぶつかり合った衝撃と触れたことによる炎の追加効果で一撃必殺となっていた。
戦狼は数を10ほど数えたところで打ち止めとなった。
次に現れたのはキノコ人形と樹木の精。移動速度が同じぐらいだったため、混成部隊としてそいつらはやってきた。
未知のモンスターとの戦いに、ウォルターの表情が引き締まる。
本来ならば情報収集をして、相手の情報を仕入れてから戦うのが常道だ。
しかし、それはマキによって却下された。
「いつでも調べられる相手と戦えるとは限りませんわよ? 未知の相手と戦えるようになっておきなさいな」
マキにしてみれば、対人戦を含め相手の手の内が分からない方が普通なのだ。
事前に情報が出回っているモンスターとの戦いなど、遊びに等しい。
相手の手の内を知らず、だけど未知のそれに即座に対応してみせる。実戦ではそれが出来て「当たり前」だというのがマキの持論である。
火炎鼠の前に出たのはキノコ人形。高さ1mの巨大キノコに赤子のような手足を取り付けた、奇怪なモンスター。
白い柄に毒々しい赤い傘。柄の部分には人間の顔を模した裂け目ができており、より一層醜悪さを増している。
動きは遅く、力強いようにも見えない。ウォルターはなぜランク3のダンジョンにこのようなモンスターがいるのか分からなかった。
キノコ人形が火炎鼠に挑みかかる。手足を畳みキノコに擬態したかと思うと、傘を頭に勢いよく飛んできた。
しかしスピードでは圧倒的に火炎鼠の方が上。ウォルターに被害を出さぬよう、側面から打ち据えて通路の壁にぶつける。叩き落されたキノコ人形は焼かれ断末魔の叫びをあげながら動かなくなった。
それを繰り返すと、先ほどまでの戦狼の死体と折り重なり、徐々に通路を塞いでいく。火炎鼠らは足場の不安定さを避けるために後退しながら迎え撃つが、一向に数が減らない。倒した数が30や40となっても減った感じがしない。火炎鼠に照らされた通路の奥にはまだまだ数えられないほどのキノコ人形がいる。
「ドライ、敵中突破!」
このままでは埒が明かない。
そう判断したウォルターは、遊撃役に回していた火炎鼠に突撃を命じる。
暗く先が見通せないなら、灯りになる火炎鼠を突撃させ、照らせばいい。情報収集こそが急務だった。
遊撃役が先を照らせば、浮かび上がるのは周囲の木々から新たに生えるキノコ人形。倒したモンスターの魔核を再利用し、キノコ人形として再生していた。
後衛に徹する樹木の精がそれを手助けしているようで、再生するキノコ人形の傍らには常に樹木の精がいる。
ウォルターは戦う順番を間違えたとほぞを噛んだ。
ウォルターは知らぬことだが、キノコ人形と樹木の精はワンセットで現れる。
キノコ人形の戦闘能力は低いものの、倒しても時間経過で復活する能力を持っている。魔核を抉りだしたところで、その魔核から時間をかけて再生する。つまり、魔核を完全に砕かねば何度倒したところで無駄なのだ。
そして樹木の精がいればその再生速度は異常に早くなる。1分もあれば再生するという、無限湧きに等しい状態が作られるのだ。
そのため、樹木の精を先に倒しキノコ人形の魔核を砕く時間を作らないと延々と戦う羽目になる。
戦闘能力ではなくその継戦能力こそがキノコ人形の持ち味であり、ランク3のダンジョンモンスターとして恐れられる理由である。
「アイン、ツヴァイはそのまま迎撃! ドライ、その人型を先に潰して!」
攻略すべき優先順位をようやく知ったウォルターは火炎鼠に指示を飛ばす。
自身も≪火弾≫で攻撃に加わり、樹木の精を倒そうとする。
だが、樹木の精が火炎鼠に微笑みかけると火炎鼠は攻撃を止めてしまい、動かなくなった。樹木の精は火炎鼠を取り込もうとするが触れることも叶わず、諦めてキノコ再生にリソースを割く。
命令を聞かなくなった理由は樹木の精の能力≪魅了≫で、それを知らず何の対策も取ってなかったウォルターは火炎鼠1体を動かせなくなった。しょうがないので帰還させ、再召喚することで対応する。さすがに一度帰還させれば≪魅了≫の効果は解けるので戦力が落ちることはなくなった。
こうなると樹木の精に対する攻撃はウォルターしかできず、火炎鼠3体はすべて壁役に回すことになる。
幸いなことに、樹木の精の≪魅了≫は射程が短い。壁役の火炎鼠にも届かぬほどで、何とか戦線を維持できている。
奥にいる樹木の精に対し頭部破壊攻撃を行い数を減らすウォルター。視界は悪いが何とか攻撃を成功させ、その数を減らす事に成功する。
樹木の精の数が減ればキノコ人形の再生速度も減少し、戦いは徐々に楽になっていく。
そのはずだった。
樹木の精の撃破数が5になった頃。戦線がウォルター有利に傾きかけた頃。
木の巨兵と――
木竜が、参戦した。




