【トリアイナ大森林】攻略⑨
壁による流入量制限は一時的な効果でしかないが、それでも状況を好転させる一手だった。敵の侵攻速度が半減し他のだから当然である。
負荷が減った事で負傷者が出なくなり、楽になった戦いは兵士たちにのしかかっていた重い空気を払っていく。
完全に、ではないが、それでも場の雰囲気が明るくなった事は確かな成果である。
そうなると戦果の方もあがっていき、好循環が生まれる。
兵士たちは無邪気に喜ぶが、時間単位の戦果はずいぶん下がっている。
指揮官たちはまだ見えない終わりの遠さを感じ、内心に苦い物を抱えるのであった。
半日が、経過した。
時刻を考えれば、すでに夜。普段なら眠る時間帯である。しかし前線は常に戦闘中だった。
敵の数が減った事で数に頼った戦い方ができるため、魔力の消耗を押さえつつ、何とか戦線を維持できている。
長い戦いで集中力が切れたからか、さらに10名ほどの死者を出してしまったが、戦果の方はそろそろ8000に届きそうといった状況であった。つまり、まだ半分も倒せていない。もちろんウォルターらは敵の総数を知らないので、敵の残りがどれだけなのかを把握していないのだが。
ウォルターらはまだ先が長そうだと感じ、仲間の様子にこのまま戦い続けられるのかと不安になった。
【宵闇の聖域】での戦いではここまで押し込まれた事が無く、戦闘はもっと早く終わっていた。一回の戦闘は1時間から2時間程度で、敵の数はおおよそ2000強。戦場が広く、一度に戦える者の数が多かった事もあり、そこまで戦いが長引くという事は無かったのだ。
戦闘が長引き疲れてしまった兵士らは、後方の安全なところで休憩している。しかし、それでも魔力の回復が追いつかない。
ずっと戦っているウォルターの魔力もそろそろ危険領域に入り、そろそろ支援を続けられなくなる。
ウォルターも休憩すべきなのだが、ここでウォルターが離れれば戦線が瓦解する危険があるため、無理を通してでも戦わねばならない。
圧倒的物量による飽和攻撃。
相手の防御能力、この場合は耐久可能時間を飽和させることで押しつぶす、戦争における基本中の基本の戦い方。
寡兵で多数を覆すには策略などを張り巡らす必要があるのだが、皇帝側、人外兵らにそれが有効とは思えない。
質で覆そうにも、「精霊魔法や生命魔法を使って互角以上に戦える」程度の差では2万対2千という10倍差を跳ね返すほどにはならない。倍程度であれば余裕だっただろうが、10倍とはとある兵法書で「戦わずに逃げろ」と言われるほどの戦力差なのだ。
もしも野戦であれば、囲まれて終わるだろう。
もしももっと広い通路――例えば100人がちょうど並べる戦場――であれば、戦闘時間の短縮効果で一時的に圧倒しても、魔力切れでここまで持たなかっただろう。
ならばもっと少数でしか戦えないようにしたなら、戦闘時間が間延びし、今よりも魔力の消耗が抑えられただろうが、死ぬまでの時間が延長されるだけで結局すり潰される。そして魔力の運用効率が下がりすぎ、敵に与える損害が少なくなったと考えられる。そしてすり潰される危険がもっと高くなる。
これらの選択肢は選べなかった。
いくつもある選択肢の中で、最も効率よく戦い、大勢が生き残れる戦い方を選び、全員が奮戦した。
だからこれはウォルターらが自力で掴んだ勝利であり、奇跡などではない、ただ頑張った結果という奴だ。
「隊長! 地図にない壁でこの先に進めません!」
「よく見ろ! その壁は他と違い、土でできている! つまりダンジョンの壁、袋小路ではなく、ウォルター様の作られたものだ! 声をかけ、通れるようにしてもらえ!」
「はっ! 了解しました!」
壁の向こうからやってくる敵がいなくなり、ウォルターの作った壁の向こうから声が聞こえる。
その声はきっと仲間の物であり、想定されていなかった援軍のようであった。
皇帝は殺した相手を作り直すことで、自分の駒として使役できる。
一瞬その可能性を考えたが、すぐにその可能性を否定した。聞こえる声が会議で見知った部隊長の物であり、彼の所有している魔法札が感じられたからである。皇帝が魔法札を再現できる可能性は無いとは言い切れないがとても低く、その所有者であればおそらく味方だろうと考えたからだ。
ウォルターは壁に穴をあけ、助けに来た仲間を迎え入れる。
「ウォルター様! 御無事でしたか」
「なんろか、ギリギリね……」
現れた部隊長の声に、疲労からかウォルターは呂律の怪しい返事で返す。
部隊長は救援が間に合った事に安堵し、そっと息を吐く。
彼らはウォルターたちと違い、広域に部隊を散らせることで短期決戦を仕掛けていく。
リスクと消耗率は高くなるが、ウォルターらとは違い狭い通路での戦闘を強いられているから仕方なしの選択である。
兵士は大きく数を減らし1000以上が死傷し戦闘不能に陥っていたが、それでもウォルターを救出できた。
失った兵に見合う戦果を、彼らは手に入れたのだった。
「この先にいるのは我らの同朋である! 彼らを討たせるな! 彼らを見捨てるな! 我らは勇敢にして正義を掲げる勇者である!
邪悪にしておぞましき敵を! 正義の刃で駆逐せよ!!」
時間は幾ばか遡る。
戦闘開始から6時間経過した頃。
ウォルターたちには声も届かない場所で、別の軍の兵士たちが戦いを始めていた。
軍を率いるのは3つに分けられた軍団のうち、戦利品を確保しに向かった部隊である。彼らはそれぞれのダンジョンに4000の兵を後詰として送っていたのだ。
後詰に兵を送った理由は単純である。
旧帝都に、何も無かったからだ。
皇帝は元研究者だが、その出自故に金品の重要性を強く感じており、城などに蓄えてあった宝を奪われまいと他に移していたのだ。
それに、金品が得られなくなった連合各国は戦費によって自壊することを狙ってもいる。
だから皇帝は自分がこの旧帝都近辺から逃げ出す時に備え、財宝を他の場所に隠しておいた。
だが、それ目当てで動いた兵士たちは仕事が無くなり、何をするか悩むことになって、せめてウォルターやマキ達と合流し、形の上だけでも働いたという事にして、あわよくばダンジョンモンスターから魔核を剥ぎ取って財宝の代わりにしようと画策したのだ。
彼らはほぼ1日遅れでダンジョンに入ったが、ウォルターらがゆっくり慎重に動いていたため、この場に間に合ったのだ。
お宝の回収という目的を失った彼らは敵のいないダンジョンをあっさり踏破し、ボス部屋前で籠城戦をしていたウォルターの窮地に駆けつけ、救出に間に合ったのである。
もしも皇帝が財宝を惜しまず、城に置いたままであれば。このような結果にはならなかっただろう。
後詰の兵士たちが間に合ったのは、皇帝の貧乏性が招いた、ウォルターたちが諦めずに戦った結果であった。