表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/208

【トリアイナ大森林】攻略⑧

 戦闘開始から5時間が経過した。


 ウォルター参戦で持ち直した最前線であるが、その勢いは失われつつある。

 言葉にするなら、「戦線崩壊までのカウントダウン中」といったところであろう。


 ウォルターは強い。

 継戦能力も高く、5時間戦い続けているにもかかわらず、体力魔力精神力と、どれもあと倍の時間を戦い続けられるだけの余力がある。……この時点で、すでに彼は人間とは言えないかもしれない。

 その戦闘能力を活かし、最前列を飛び越えて敵のかく乱を行っている。


 そんなウォルターとは打って変わって、周囲の兵士は徐々に気力を消耗し、戦えなくなりつつある。これはまだ戦っていない面々すら、だ。

 戦列の交替は部隊単位で行っているが、その頻度が徐々に加速している。被害の方も僅かに増えている。今はまだいいが、もう一周が終わるころにはいくつかの部隊を解体し、再編する必要が出てくるだろう。



 状況が悪化している原因は単純だ。

 士気の低下である。


 士気が下がる理由としては、終わりの見えない戦いに身を投じているからだ。

 勝っているうちは士気を維持できる、戦場はそんな単純なものではない。

 「勝っていても終わりが見えず、いつまで勝ち続ければいいか分からない。負けたらその時点で死ぬ」という状況は、兵士たちの心を蝕んでいくのだ。勝っている状況に慣れてしまえば、それは戦意高揚にならない。1時間前のマイナスを現在のプラスに転じる状況でなければ、士気はどんどん下がっていく。

 特にウォルターが参戦しても状況が変わらないと考えてしまうのが最悪で、実際はウォルターがいる事で状況がずいぶん改善されているにもかかわらず、ウォルターへの期待がしぼんでいくのだ。


 ウォルター以上の希望が無いため、士気を挙げる要素が兵士には無い。

 疲労が溜まればその分思考がネガティブに傾くし、戦場の空気はどんどん悪化していった。





「僕独りが……脱出するとか、さすがにそれはダメだよね」


 ウォルターは敵中で暴れながら、この先の事を考える。


 女神の使徒からは「いざという時は御一人で逃げて下さい」と何度も言われているが、それをする気にはならなかった。

 仲間を見捨てたくないし、何よりここで敵の戦力を削る事がマキへの援護になる。それは今のウォルターが考える勝利、皇帝の打破に必要な条件の一つだ。

 故に安易な逃げを打つ気は無いし手を抜くこともしない。


 では、このまま戦い続けていればいいのか?

 ウォルターは大丈夫だが、それでは兵士たちが持たない。この案は却下だ。


 何か、士気を高める劇的な演出が必要だ。

 派手に敵を蹴散らしたいが、それには精霊魔法の詠唱が必要だ。詠唱をするには壁になる仲間が必要で、大規模な魔法行使は壁になった仲間を巻き込むため使えない。

 ウォルターは「他にできる事は?」と自分に問う。死なない壁役が欲しい、そう考えたウォルターは顕現魔法で壁役を作ってもらう事を考えたが、敵の仕込が分からない以上、不用意にリスクを背負う事を嫌って顕現魔法を選択肢から消した。

 壁が必要、ウォルターはその考えを打ち消そうとしたが、そこで一つ、案を閃いた。



 ウォルターは「壁が必要」というフレーズから、自分のやるべきことを決める。


「大地よ、決して砕けぬ壁と成れ――≪土壁(アースウォール)≫」


 中級精霊魔法の壁系。土属性で一度作ってしまえば魔力を使って維持しなくても消える事が無い、≪土壁≫の魔法。ウォルターが選択したのはそれだ。

 通路を完全にふさぐように高さ5mの土で出来た壁が作られる。


「倒すより……立直す時間を! ≪土壁≫!」


 終わらない戦い。それに疲れているなら一度終わらせればいいと考え、≪土壁≫で敵の侵入を阻み、多少でもいいから休憩時間を作ろう。そう考えたのだ。

 ≪土壁≫一枚では簡単に崩されるだろうと、二枚三枚と壁を重ね、補強していく。

 単純な強度で言えば≪石壁≫の方が上だが、≪土壁≫は衝撃吸収能力に優れるし、消費魔力が小さくて済む。なかなか効率がいい。最後に≪緑の壁(プラントウォール)≫で崩れにくくして、次々に通路を塞いでいく。

 そうすると徐々に戦場への流入する人外兵らの数が減り、一度に相手をする数が減る事で余裕が生まれる。


 残念ながら、敵は壁を登って来るため完全に侵入を防ぐことはできない。

 だが、それでも単位時間当たりに来る敵の数がぐっと減り、状況が好転したことで多少士気が上がった。


 人はそれを「焼け石に水」という。





 ウォルターが壁を用意したのは戦闘開始から6時間近く経過した頃。


 人外兵らの損害は約2万のうち、5000程度。

 軍の被害は2000のうち、60程度。


 彼我の戦力比は縮まっているように見えるが、疲労を知らない皇帝の兵士と徐々に疲労が蓄積していくウォルターらでは、数だけでは分からない所で戦力差が生じる。

 戦力差は未だに埋まっておらず、ウォルターらは知らないが皇帝はまだ切り札を残している。


 先の見えない戦いは、まだ続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ