【トリアイナ大森林】攻略⑥
ウォルターと皇帝。双方の思惑が上手くかみ合う様に見える中、互いの戦力が拮抗し、危うい均衡を作り出していた。
ウォルター達「軍」は皇帝の兵士たちに挟撃され2面作戦を強いられているが、元より想定範囲内だったので上手く迎撃している。
戦闘はまだ始まったばかりなので、ウォルターたちの体力と魔力はまだ充実しており、余裕がある。しかし、皇帝の方も顕現しておいた人外兵や外法兵のストックがまだ2万以上残っているので、戦闘を長く続けるのは容易だ。
しかし、体力魔力は戦闘とともに減っていくし、人外兵らも次々に倒されていく。
時間の経過とともに均衡が崩れていくのは明白だ。
そして、均衡を崩すのはウォルターからだった。
「まずは前の敵をどうにかします! そちらからの増援はありません、理由は分かりませんが目の前の敵で終わりです!!」
「聞いたな野郎ども! ぶっ殺せぇぇぇ!!」
「「「うぉぉ!!!!」」」
ウォルターはまず、自分の近くにいた女神の使徒の大半を後ろから来た数の多い方の迎撃に回した。
女神の使徒はウォルターを除けば最大戦力だ。数の多い、より苦戦が予想される場所に配置するのが常道だ。
そして目の前。1000に満たない人外兵らは、それでもぎゅうぎゅう詰めで部屋に押し込まれている。≪炎獄≫の消火をするため、無理な顕現をしたからだ。
つまり、敵だけが固まって目の前にいる。これなら味方を巻き込むことなくウォルターは魔法を使える。
≪炎獄≫を使うには詠唱時間が必要だが、そこまでする必要が無い。というより、ウォルター独りでどうにかしなければならない状況ではなかった。
「魔法兵、構え! 撃てぇぇぇ!!」
マキとウォルターの弟子たち、虎の子の魔法兵が整列し、一斉に攻撃魔法を使う。
敵は数が多く狙わなくとも外さないほど固まっていて、とにかく撃てば当たるという状態。終われば休憩できるという事で、全員が何も考えずに魔法を撃つ。
炎や氷、雷が飛び交い、外法兵や人外兵を消し去っていく。
1人当たり2~30回程度使える魔法4~5発で1体の敵を倒す。これに1発で10体ぐらい倒すウォルターが加わる事で、敵が近づく前に殲滅する事を成功させる。
隊列の方で最前列をしゃがませ、二列目が膝立ちになり、三列目はしっかり立つことで弾幕の密度を濃くし、切れ間の無い射撃を可能にしている。
多少の追加戦力があっても変わりは無く、敵の密度が薄くなれば狙いをつけて無駄撃ちを減らし、魔力の減りすぎた兵を内側に戻し交替させ、間断無く攻め続けた。
800人いた魔法兵のうち約半数を投入したが、約2時間でボス部屋の敵は壊滅した。
損害はゼロ。ここだけ見れば大勝利である。
そのしわ寄せを喰らったかに見える、もう一つの戦場を見なければ。
「≪身体強化≫を切らすな! 顕現魔法を使う者は狼系のモンスターを中心に! そこ! 隊列を崩すな、囲まれるぞ!」
ウォルターがボス部屋の敵を殲滅している頃、最後方で迎撃をしていた20番隊と19番隊は苦戦していた。
精霊魔法が得意な女神の使徒が援軍に来ているのでギリギリ戦列を維持しているが、それで何とかなっているだけである。はっきり言って、いつどこで戦列が崩れて乱戦になるか、隊長は戦々恐々としている。
戦場は自分たちに都合が良いようにと20人が並んで戦っても大丈夫なようになっており、100人いる各隊をさらに細かく小隊別けし、上手く交替させながら猛攻をしのいでいる。
「支援射撃、お願いします! 二列目、射撃に合わせて前へ!」
「承知!」
「了解!」
一列目が後退するには敵に隙が必要である。
何も考えず後ろに下がれば、そのまま戦線が後退するか下がったところを攻め立てられて殺されるだけだ。
そこで女神の使徒が魔法を撃ち込むことで敵を怯ませ、一列目が攻撃を控え隙間を作り、できた隙間を通って二列目が敵に切り込む。切り込んだ二列目を見たら一列目が後退し、五列目として休息をとる。
これで支援射撃が無ければもっと被害が出ていただろうから、ウォルターがこちらに女神の使徒を送ったのは正解だった。
並みの腕では五列ある人の壁越しに支援射撃など出来なかっただろうし、もし敵まで届いてもそこまで効果を期待できない所であった。
女神の使徒の精兵は支援射撃を後三時間は粘る自信があるが、それでも状況が相当不味いのはよく分かる。
主軸が防衛戦であるため、殲滅力が足りない。
それに20番隊は精神的な疲労から余裕を失いつつあるし、≪身体強化≫の魔法も魔力が底を突きかけている。いつまでも使えるという訳ではない。そして焦りは他に感染する。まさにジリ貧である。
彼らを支えるのはウォルターの姿。
ボス部屋の敵を打倒し、応援に来てくれるという希望。
それだけを頼みの綱に、20番隊や女神の使徒は必死の抵抗を続けていた。