【トリアイナ大森林】攻略③
「魔力だまり付近でしか顕現できないにしても、そこから移動させれば問題ないはずですよね。どうしてそうしなかったんでしょう?」
「有効範囲などがあるのかもしれませんね。もしくは、ここを引き払った可能性もあります」
「引き払った?」
「ええ。最初の偵察部隊に偽の情報を掴ませるための演技だった可能性があります。もしくは我々が目を付けたことで何らかの手段を用い、逃亡した可能性も。
戦とは兵をぶつけるだけではありません。戦いを長引かせ、相手に消耗を強いるのも立派な戦術なのですよ。
事実、戦わずにいて何ら戦果を挙げる事が出来なければ、我らは無駄に物資を使った事になります。自らの安全が確保できるという前提はありますが、それは皇帝の勝利と言えるでしょう」
「うわぁ。厄介だね」
結局、魔力だまり前まで外法兵は現れなかった。普通のモンスターすら数が少なく、その道のりは容易というありさま。
動き回る兵を見ながら、ウォルターたちはその理由について推測を重ねていた。
本日中に行われると思っていた決戦は、明日に持ち越しだ。
準備期間を得られるなら、慎重に慎重を重ねるのが常道だからである。
斥候を放って外法兵の出現を誘発することも考えられたが、万全の状態で戦えるならその方がいい。
兵士たちは自分たちに有利な戦場を作ろうと、陣地兼野営地の確保や一部通路の拡張をしている。ただ場所を広げるだけではなく、柵を作って移動する方向を誘導したり、射線が通りやすい場所を作っている。
一方的に攻撃でき、多方面から攻められず、隊列の入れ替えが容易で、あまり兵が遊ばないようにしつつも休憩する者を確保できるような、そんな陣地が必要になる。全ての要求を叶えられるわけではないが、命のやり取りをするのだから出来る限りの事をするのが当然だ。
みんなのために、自分のために、兵士たちは頑張っている。
「そういえば、魔力だまりでの決戦は御使い様自ら前に出るのでしたね」
「はい。仲間を巻き込みそうな魔法は最初に使ってしまおうと思いまして」
「……ダンジョンが崩壊しないといいのですが」
なお、魔力だまりに着いたらどのような状況でもウォルターが最初の一撃を撃つことになっている。
ウォルターはマキのもとで訓練してきたため、マキと同じく広範囲を殲滅する魔法に意識が向いている。戦略級、対軍魔法使い。そのようなイメージだ。他にも軍全体への支援魔法など、着実に人間離れが進んでいる。
魔法の効果範囲が広すぎる為、ウォルターの全力は仲間を巻き込みやすい。
だから巻き込まずに済む最初だけが全力の一撃になる。
もしも敵がいなかった場合、使う魔法が無駄になるのではないか?
いや、大丈夫である。
使う魔法は相手に消えない炎で空間を侵食する大魔法≪炎獄≫。環境を自分たちに都合よくしてしまおうという選択だ。
≪炎獄≫の炎が残っている場所はウォルターの領地となる。つまり、戦闘にすらならないよう敵の顕現魔法を阻害し、増援を断つのが主目的となのだ。
もしも魔力だまり以外から外法兵を呼べるとしても、後方に安全地帯を作る事は必ず有利に働く。大軍を相手取るとき、囲まれるのは敗北条件の一つなのだ。敵をできるだけ正面に固定するのは当然の選択である。
無論、全力で魔法を使ったとしても一回ぐらいならそこまで消費が大きいわけでなく、その後の戦闘でも余裕を持って対処できるからの選択だ。全魔力を使っての魔法行使なら他の者が必ず止めただろう。
ウォルターは魔法使いとして大きく成長しているので、昔とは比べることができないほど魔力が増大している。魔力の多さだけで言えば、世界でも最高レベルになっていたのだ。
予定外のもう一泊を終え、ボスのいる泉に辿り着いた。
今回は泉の中央に寄り添い合う女性と竜がいる。
ウォルターが独り、泉の近くまで進む。
泉の妖精と水竜が戦闘態勢に入る。
しかし、それよりも早く。
「――炎より生まれしものに祝福を。炎より生まれ出でなかったものに拒絶を。
遥か彼方より来たりで終わりを告げる、レーヴァテインの主が告げよう、終わりの世界を。そして始まる、新たな世界を。
さあ、終わりの名を持つ始まりの扉、灼熱世界の扉を開かん。≪炎獄≫」
ウォルターの詠唱が終わる。
その瞬間、世界は炎に包まれた。