【トリアイナ大森林】
ランク3のダンジョン【トリアイナ大森林】。
20㎞四方ほどの広さをもつこの森には、多数のモンスターが生息する。
戦狼の上位種、隠密狼。
隠密狼はその名の通り隠れる事が上手い狼だ。森の中に溶け込むことへ特化し、集団で侵入者に襲い掛かる戦術をとる。予測不可能な全周囲攻撃。これに対処できるかどうかがこのダンジョンに挑めるかどうかの基準になる。
木人偽兵。
木でできたゴーレムの一種だが、その特徴は木々への擬態である。壁の様に立ち並び、侵入者が背を見せた瞬間に襲い掛かる。背を見せるまでは多少の傷を受けてもじっと耐え、簡単に正体を掴ませることをしない。木の身体は耐久性に優れ、簡単に倒せる相手ではない。
他にもキノコ人形や樹木の精といった植物型モンスターが徘徊し、要所要所に木竜が控えている。
ボスである泉の妖精と水竜は水場の真ん中に陣取り、簡単に手出しできない。妖精が水を操り竜が前衛として暴れるのだが、どちらを先に倒しても残ったもう片方が強化されるため、同時撃破が望ましい。
ランク3にしてはかなり厄介だが、精鋭である偵察部隊にとってはそこまで厳しい戦いにならない。
隠密狼の見つけにくさは視覚、聴覚、嗅覚を誤魔化すものだ。精霊魔法による感知のうち、火属性の感知は熱源探知だ。隠密狼がどんなに上手く隠れようと、体温を消すことは出来ない。あっさりとみつかり、殺されていく。
木人偽兵はその点では厄介だ。体温など周囲の木々と変わらないので、熱源探知では発見できない。が、木人偽兵は動きが遅い。そして後ろから襲おうとする習性を知っていれば対処は簡単だ。
基本、駆け抜けてしまえばいい。休む時は円陣を組み、周囲を警戒する。たったこれだけで木人偽兵との戦闘は8割がた回避できる。
他のモンスターも珍しいものではない為、画一的な対処だけで問題ない。
強いて言うなら最後のボスだけは厄介だが、別に挑まねばならないといった状況ではなく、ただ状況を知ることができれば問題ないのだ。挑まずにそのまま戻ればいい。
偵察部隊は探索開始初日のうちに最奥まで到達できた。
「敵の数が少ないな。通常の半分もいないじゃないか」
「戦闘回数、大きいのは一回も無かったですね。散発的な遭遇が9と、木竜が1だけです。この規模なら最低でも倍、運が悪ければ4倍の量をこなさないといけませんね」
「ボスも不在。魔力も溜まっていない。かといって皇帝の手の者は見当たらない。どういう事だ?」
ダンジョンに入った偵察部隊は20人だ。
全員が中級レベルの精霊魔法を使える者だけで構成された、女神の使徒の中でも最精鋭と呼べる人員。
そのことを加味しても、この攻略速度はかなり早かった。
攻略者である彼らが考え込むほどに。
普通であればこの倍、2日はかかる筈なのだ。運悪くモンスターの大軍に出くわせば3日かかったとしても不思議ではない。
森の中での戦闘、その数の少なさが不安を煽る。
「とにかく今日はここで一泊。明日魔力だまり周辺を調査したらすぐに引き上げるぞ。今日は魔力だまりには絶対に近寄るな。
今夜の寝ずの番は2時間交代で1班から順に行う事。いいな?」
「「「はい!」」」
「では野営の準備に入る。解散!」
どれだけ不安だろうが、やるべき事ならはっきりしている。
偵察部隊隊長の指示に従い、全員が行動を開始する。
そして。
この時の判断が正しかったことが翌朝、魔力だまりの調査ではっきりすることになった。
翌朝、魔力だまりの調査が始まった。
魔力だまりは泉の上にあり、岸辺から手を伸ばしても届く事は無い。泉はそこまで深くはなく、一番深い所で成人男性の腰までしかない。小舟などを持ち込むのも手間なので、そこまで歩いていく事になる。
「念の為だ。氷で道を作るぞ」
偵察部隊は泉を凍らせ、ちゃんとした足場を作ってから魔力だまりまで進む。
「マキ様の話では、魔力だまりの下に仕掛けをするのだったな」
隊長が氷の淵から泉の底を覗くと、水面に映った自分の顔、その奥に何か黒い物が見えた。
「あれは……?」
隊長はその黒い物を回収しようと、泉の中に入る事にした。
が、立ち上がったタイミングで何者かに襲われる。先ほどまで顔のあった位置、そこを何かが高速で通り過ぎたのだ。
「敵襲!」
「皇軍の人外兵です!」
その正体を周囲で見ていた、警戒中の隊員が叫んで教える。
通り過ぎた何かは人外兵の放った矢。弓を番えた人外兵が泉の外に突然現れたのだ。
「隊長!」
「全員撤収! 急げ!!」
「了解! 荷物は最低限! 残りは捨て置け! 逃げるぞ! 情報の持ち帰りを最優先で!」
「戦う事より生き残る事を最優先! 間違えるなよ!」
敵が現れた事を知ると、隊長はすぐに逃亡を選択した。
泉の底にある物への未練はない。それよりも、このタイミングで敵が現れた以上、そこに重要な何かがあるのはほぼ間違いなく、この情報を持ち帰らねばならないと思考を切り替えた。
戦うなど以ての外。
全員が生きて帰る事こそ、最優先である。
すぐに隊列を組み、一丸となって外を目指す。
素早い判断が功を奏し、偵察部隊は怪我人を出したが、死者を出すことなく情報を持ち替えった。
行きで出会った数倍の敵、質も上の人外兵を相手に生き残れたのは、彼らのコンディションがベストだったからである。
もしも夜のうちに調査をしていたら、逃げ帰るだけの余力は無かっただろう。余裕を持った行動が彼らの命を繋いだ。
「予定を繰り上げ、急いで戻るぞ」
この遭遇から、偵察部隊は早々に撤収を選択した。
敵の中に、聞いたことの無い人外兵が混じっていたからである。
「早く、お伝えせねば……」
黒い人外兵。
その脅威を、一刻も早く伝えるために。