チラン最強の剣士
訓練に来た兵士たちは国元に帰っていった。
そのままチランから出立すればもう2ヶ月以上の訓練期間が得られるのだが、それよりも一度国元に戻り、仲間たちとの連携訓練をする必要があるのだ。
軍隊とは、数で戦う手段である。
そして数を揃えただけでは意味が無い。逆に、多すぎる数で足を引っ張り合うだけだ。
数を効率よく扱って、ようやく軍隊としてのメリットを得られる。
数だけで連携のとれない兵士の集まりなど、軍ではない。人はそれを「烏合の衆」と呼ぶのだから。
それを見送ったチラン側では、その後も魔法の訓練が続けられている。
彼らは複数の魔法を覚えて、より汎用性の高い遊撃のような役目を負う事になる。
魔力は有限で、複数種類使える事と何回も使える事とはあまり関係ない。
複数の攻撃手段、緊急回避手段を持つことは確かに高い生存能力につながるが、その分消耗が激しくなり、戦える時間が減っていく。継戦能力の代わりに戦闘能力を得ているという訳だ。
その能力が活かされるのは通常の軍としての集団行動ではなく、後方かく乱や挟撃、伏兵といった単独で高い戦闘能力が求められる遊撃部隊だ。優先して高い能力を得られる半面、特に危険度が高い仕事が彼らを待っている。
チラン側はいくつか有利な立場を得た反面で、こういった危険度の高い任務を優先して割り振られる約束になっている。
「開戦まで半年を割りましたけど。大丈夫ですの? 訓練期間はあと3ヶ月ありますけど、あとどれだけ戦えるようになりますの?」
「申し訳ありません! 教官殿!」
厳しい訓練であるが、魔力の関係上でどうしても魔法関係の訓練は時間があまり取れない。
特に魔力が少ない者ほど習熟の度合いが下がっていく。
2ヶ月の訓練を乗り切った兵士たちはともかく、新しく加わったその他新参の中には将来性を危ぶむ者まで混じっている。才能は外から計り難い為、どうしても玉の中に石が混じってしまうのだ。
今も一人の新人が、魔力枯渇の脱力感に耐えきれず、膝をついたところだ。そしてマキからありがたいお言葉を頂戴した彼は、すぐに立ち上がって剣を構える。
魔力が無くなろうと、人はそれで死んだりしない。それ以上の魔法行使ができなくなるだけだ。だから基本的には武器戦闘という手段が残っており、そのまま武器を構えるところまでがワンセットになる。それなのに新兵は膝をついてしまったので、マキが叱咤しているところなのだ。
脱力感が襲ってこようと敵は容赦してくれない。むしろそういった魔力の枯渇する状況は戦場なので、敵がいるからと気を引き締め、戦い続けられねば死ぬだけなのだ。訓練だからこそ、そこも重点的に鍛えられる。
が、マキはそうやって新兵を見ているようで他を見ている。
チラリ、ではなくがっつりと。
新しく混じってきた男に苦い顔をする。
「……才能、有りましたのね」
マキの見つめる先にいたのはフリード。
メルクリウスと同腹の弟で、王弟にあたる青年であった。
フリードが兵士たちに混じって魔法訓練に参加し始めたのは、最初の兵士たちが訓練していた時である。
訓練がある程度進み、魔法の打ち合いをしているところを見たフリードは自分も魔法の訓練をすべきだと確信した。王族になった事でより一層周辺に気を使わねばならない事、そのために精霊魔法について知り、対処できるようになることが肝要だと考えたのだ。
なにせ、魔封札や武器といった「取り上げられるもの」が無くとも多大な戦果を期待できるのが精霊魔法使いだ。剣士として非凡な彼はその危険性を正しく理解していた。
訓練への参加を兄経由で頼みこみ、無理矢理別枠でねじ込ませたフリードは順調に修練を積んでいる。
幸いにも才能がありそうだと判明したためマキも折れたが、「大き目の貸し一つですわ」と不満を明らかにしていた。余談であるが、他の王族、アレス翁やローラ、他の別腹の王族にはあまり才能が無かったため、今は訓練参加を見送らせている。
「それにしても、いったい何の影響ですの? 魔力が精霊に馴染んでいますわ」
精霊魔法への適正は、精霊石などを使って高める事が出来る。
だが、それが出回ったのはつい最近の話であり、現状では徐々に成果が出つつあるとはいえ、そこまで効果が期待できるはずもない。マキの用意した精霊石ではここまで影響がないのだ。
実はフリード、以前【精霊の庭】で“女神の使徒”が作っていた精霊石を大量に拾った事がある。
それを自身の戦利品として確保していたので、意識していなかったが精霊石を使った魔法適正強化で言えばそれをずいぶん長い間やってきたわけであり、それだからこそ高い適性を見せている。
チラン最強の剣士にして精霊魔法の使い手。
フリードはすでに人間として最高レベルの強さを得つつあった。




