魔法訓練・開始
訓練2日目。
初日に心を折られた兵士たちは翌日の訓練前、戦々恐々としていた。
あのレベルの戦闘能力を、どうやって身に付ければいいのか。
あのレベルの戦闘能力を得るために、どこまで自分を追い込まねばならないのか。
過酷な訓練にも耐えうる彼らであるが、その彼らをもってしても地獄が待っているとしか思えなかった。
「まずは適性を見ますわ。全員、この石に触れなさい」
しかし、待っていたのは適性検査だった。
これには聞いた全員が拍子抜けした。
マキとウォルターが一人一人見ていくため、検査にはかなりの時間がかかる。
そのため、国ごとに検査を行うとして、担当時間外の兵士たちは自主練習という運びになった。
「火の精霊魔法と相性がいいね。けど、他は駄目みたい」
「風と水の精霊魔法に加え、生命魔法も使えそうですわ。なかなか有望ですわね」
「あ。生命魔法特化? 才能が限定される分、早く覚えれそうだね」
「……厳しいですわね。顕現魔法の強化を優先した方が良さそうですわ」
兵士たちが触っている石は、精霊石と生命魔法に対応した魔石を混ぜて作った、適性判断用のアイテムである。
これに触れさせると対象の魔力と共鳴するのだが、共鳴した魔力の反応を見ることで対象の魔法適性を計ることができるのだ。観測者はある程度精霊魔法や生命魔法に精通している必要があるため、これを量産したところで使える者がいない。よって増産される予定の無い代物だ。
なお、適正は現時点のものであり、訓練などによりいくらでも変化する。が、今回は戦争までの時間の短さから今の適性を重視することにしたのだ。
適正は後ろに控えている文官が記録していて、あとで全体のバランスを見つつ訓練内容を調整する予定だ。
教材にと用意した精霊石には数に不安があり、単純に適正だけで決められないという事情も存在する。
こうして兵士たちは適正別にチーム分けさせられ、翌日はそれだけですべて終わってしまった。
訓練3日目。
集まった兵士たち。彼らは昨日の適性検査で何を調べられたのか、チランの兵士たちから説明があったので、一応理解できた。
チランの兵士たちはほんの数日程度だが訓練を先行していて、教導役とまではいかずとも、先輩として質問に答える立場にあった。数日分とはいえ先行して教えを乞うた身であれば、後輩に何か教えるのが義務という事だ。
最初にやる事は精霊石や魔石に魔力を通し、各種魔力に慣れる事である。
これを繰り返し行う事で適正は尖っていき、得意分野一つだけの魔法使いになってしまうが、実戦レベルの力を得ることができるのだ。
中長期的に見ればあまり良くないやり方だが、短期間で形にしようとすればどこかに無理が生じるのだ。
これは顕現魔法で魔封札に魔力を通すのとほぼ同じ感覚なので、全員が落ちこぼれることなくノルマをこなしていった。
訓練4日目。
ほとんどの者はそのまま同じ訓練を行うが、一部の者、最初から特化タイプだった者のみ専用の訓練が行われる。
魔封札を模したアイテム、『精霊札』と『魔法札』を使った魔法の使用訓練である。
『精霊札』と『魔法札』は魔封札で魔核を使うかのように、精霊石か魔石を使ったアイテムで、基本的な概念は魔封札と同じである。魔力を通すだけで魔法が使えるというわけだ。
一見するとこれを量産するだけで魔法使いを育てる必要が無いようにも思えるが、使用に回数制限のある使い捨てアイテムでしかない。よって訓練には使うが、何日もダンジョンに潜って戦うには頼りすぎてはいけない物なのだ。戦闘中に回数が尽きてしまい次を用意する間に敵が、というのは考えられる話なのだ。
それに戦闘に耐えうる威力の魔法を使えるようにすると使用回数が大幅に減ってしまい、結局、訓練用しか使い道が無いというオチが付く。
マキは「これは補助輪でしかありませんわ。こんなもの無しで魔法を使えるようになるのが目標ですわ」と言っている。
精霊札や魔法札を渡された兵士は≪火矢≫や身体強化などの使い心地を確認し、それらを使いながら戦うための基本を覚えていく。
二人一組で魔法を打ち合ったり、そういった訓練で負った怪我を治したり。身体能力を強化した状態で剣を扱う訓練などが行われている。
まだ少数なので、場所の問題などは無い。
訓練10日目。
全員が精霊札と魔法札を使うようになる。ごく一部の者のみ、補助無しで、自分の力だけで魔法が使えるようになっている。
威力が低い≪矢≫系統の魔法とはいえ、数が揃えば尋常ではない迫力だ。まだ数人単位で撃ち合っているが、今後は集団戦も見据えて訓練していくことになる。
この段階で兵士たちの魔法札では癒しきれない傷を負った者も出ているが、マキは相当酷い怪我でない限り助けはしない。主に頭皮に甚大なダメージを負った者が目立つが、これは防具の関係上、仕方のないことであった。
「何とか形になりそうだね」
「本当に、最低限度といった塩梅ですわ。できれば一つと言わず、二つ三つの魔法を教えられればいいのですけど」
「時間が無いからね。諦めた方が良さそうかな?」
そんな兵士たちを見守りながら、二人は満足そうにしている。
盾の魔法で高さ3mの所に足場を作り、全体を俯瞰するように眺めている。
まず補助付きで何とか魔法を使っている兵士たちを見て、次に自力で魔法を使っている兵士に目を向ける。
自力で魔法を成功させてはいるが、まだ立ち止まった状態で集中し、無駄とも言える魔力を消費したうえで、精霊札を使った時と同じぐらい弱い魔法を撃つのが精一杯。的に中てようにも飛距離が足りなかったり狙いが甘かったり。
まだまだ実用性など無い。
ウォルターは彼らの倍以上のペースで魔法を使えるようになった。そしてウォルターが魔法を習いだしてからすでに2年近い時間が経っている。その時の事はあまり記憶に残っていない。
だから若干間違った認識で兵士たちの成長速度を褒めているが、2ヶ月の訓練期間とその後の自主練でどこまで伸びるかは未知数だった為、強く何かを望んではいない。とりあえず実戦で使える武器が一つあればいい、その程度に考えている。
マキはできればもう一つぐらい、何か使えるように仕込みたいと悔しそうにした。
ウォルター同様、いくつもの魔法を教える余裕が無いというのは分かっている。ウォルターとは違い、マンツーマンで密度の濃い授業ができない事も分かっている。
しかし集団に教えているという事は画一的な兵士を生み出すという事であり、統一規格があるが故の弱点をどうにかしたいと考えているのだ。
その解決策を見出せぬまま、今後の予定を考えている。
訓練は順調に、期待通りに。
しかし、どこまで戦果が見込めるか分からないまま続けられていった。




