光明
全ての参加者にとって、ウォルターは「ただいるだけの存在」だった。会議の結論を知ってもらえればそれでいい、参加者に共通した認識はその程度である。
と言うのも、ウォルターは組織に所属しておらず、むしろ所属しては拙い、今回の戦争における象徴だからだ。
特定組織に対して有利になる様に発言された場合、その組織が全体の中で有利になるのが彼らの考えの中では明白であり、下手に参加されて場を引っ掻き回されては困るという認識があった。
これはウォルターを蔑ろにしているという訳ではなく、逆にその存在感の強さゆえの防衛策であった。単純に、会議では専門家ではないという話である。
ウォルターもそれを理解して口を挟まない。
ただ、それでも危機感の無い発言を延々と聞かされる苦痛からか、どうにかしたいという思いを募らせていく。
そうやって、無駄な会議は3日ほど続いた。
「メルクリウス様! 大変です!!」
転機が訪れたのは、会議中の事だった。
チランの文官が一人、会議中であるにもかかわらず乱入してきたのだ。
周囲の視線はメルクリウスに集まる。メルクリウスを見るその視線の中には非難の感情が上乗せされており、逆に無作法をしてまでメルクリウスに情報を伝えに来た事に気が付いた者が険しい表情で視線を文官の方に動かした。
「ダンジョンが、『精霊の庭』以外のダンジョンで、モンスターの姿が確認されなくなりました!」
「何だと!?」
メルクリウスは思わず立ち上がり、ついでウォルターの方を見る。
『精霊の庭』がマキ顕現の為に潰される事は予定通りだったが、それ以外のダンジョンまで使えなくなるとは想定外だった為だ。チランの食糧事情はダンジョンに頼っている面があり、もうすぐ大勢の兵士が来ることを考えると、ここでその供給が止まるのは致命的だ。それはこの会議に参加している人間ほぼ全員がすぐに思い至る大惨事である。
その原因がウォルターたちの行動である事は簡単に予測できる事であり、説明を求めるのは当然の流れだった。
「『精霊の庭』以外のダンジョンに直接干渉してませんが、近距離にあるダンジョンは互いに影響し合っているようですわ。
一つを枯らせば他も枯れる。成程。最大規模の『精霊の庭』が魔力の集積点と仮定するなら、そこさえ押さえれば他も押さえる事が出来るという訳ですわね」
ウォルターは何が起きたのか分からない様子だったが、マキの方はすぐに原因を予測してみせた。
この世界の大地には、魔力の流れというものが存在する。それは地中や天空、海など人の生活圏から離れた所に存在する見えない大河の様なもので、普通に生きる分には関係のないことだ。
しかし、例外的に地表で魔力が噴出したり、魔力の流れの一部が澱む土地が存在する。
それがダンジョンであり、魔力規模がダンジョンのランクになる。
マキの感覚でもそれがどのような流れなのか、正確な所は分からない。
今回の事で予測できるのは、『精霊の庭』は大規模な魔力の噴出点であり、周囲のダンジョンがそこから広がる魔力の流れが阻害されただけの派生ダンジョンの様なものという事だ。
ただの憶測でしかないが、この考えでおおよそ間違いないと思われた。
「ということは、旧帝都のダンジョンも同じような性質を持っている?」
そのことに、最初に気が付いたのは誰だろう?
会議に参加していた者の一人が、そんな言葉を口にした。
食糧問題という目の前の大事件に意識が奪われていた面々であるが、それより先の話、つい先ほどまでしていた皇帝対策の件に意識を引き戻された。
近くにあるダンジョンが互いに影響を及ぼし合っているなら、それは似たような立地の旧帝都でも同じことが言えるのではないか?
思いついてしまえば単純な話であるが、この一言で皇帝打倒に一筋の光明が射し込んだ。
食糧問題については当事者、ウォルターとマキに全てを任せて会議から放り出し、残る者たちは建設的な議論を始めるのだった。




