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もう一人のマキ

 ウォルターはマキを連れて隠れ里に戻る。

 チランの街に戻っても良いのだが、約束の1月までまだ時間があったので、今後の方針を決める為だ。

 ダンジョン奥でも話し合ったが、あれは周囲にその他大勢がいての事。本格的な話を出来る状況ではなかったのだ。


 それに。

 マキの方も伝えておかねばならない事があった。



「戦後とかを考えると、あまり良い未来が想像できませんわ」


 精霊魔法や生命魔法を広める事にマキはあまりいい顔をしない。

 有用性と危険性は二人にとってワンセットだ。先の先まで知っているマキの魔法知識はどの勢力からも求められる魅力があり、狙われるのは想像に難くない。同時に弟子であるウォルターも同じ境遇になるだろう。


 戦いになろうと抗うのは簡単だ。戦闘能力を見れば強化されたマキは世界有数の戦闘能力を誇り、たとえ軍が相手でも出し抜くことができるだろう。ただ、安住の地を求めようというならそれは悪手であるのだが。

 戦いの日々を望んでいるわけではない。穏やかな日々と、それを支える一助になる事がウォルターの望みである。戦闘能力ではなく、それ以外の方法で状況を整える事こそ、必要な事だった。



 そしてもう一つ。

 この世界に再度顕現したマキは一つの問題を抱えていた。


「記憶の一部があやふやですの。元の魔封本(ブック)を破った弊害ですわね。修繕し、一度顕現を解除し、また顕現すれば治ると思いますけど。

 ただ、そうしても今のワタシが顕現されるかは疑問ですわ。色々と面倒な状況でしてよ」


 マキ本来の魔封本(ブック)は今も破損している。

 本当であればマキを顕現するにはそちらの魔封本が必要で、新しい魔封本では別の誰かを顕現するはずであった。その名残がマキの肩に乗っている鼠である。


 そしてマキの中にある一つの自覚。

 それは、以前のマキと今のマキが“別人”だと告げていた。

 ある意味では肩に乗る鼠こそが本体で、ここに居るマキはウォルターの願いから具現化した偽りの存在(オマケ)だと。


 直接それを口にすることはしない。マキ自身も言いようのない違和感を抱えているだからだ。

 何から何を以て本人か、何から何を以て別人かというのは判断が難しい。いや、それを判断できる者がいるのかどうか。これはもう本人の心次第である。

 だから「記憶が曖昧」と言葉を濁し、本当の事を言わない。


 大事なのはこの先の事。

 今この時点で新生したマキが、この先も望まれるかどうか。

 たとえウォルターの記憶の中にいるマキと別人であっても、今この場にいる自分が望まれるかどうかの方が重要だった。


「ん? それならやり直しは無しの方が良いんじゃないかなぁ。そのままでいて、記憶が戻るのを待った方が良いと思うけど」

「そう、ですの?」

「うん。元の記憶の為に今の記憶を捨てるっていうのも、変な話でしょ? 捨てる事が前提なら治療じゃないと思うし? 記憶を捨てるだなんてとんでもないよ」


 表に出さずとも、ある種の覚悟をしながら質問するマキに。

 どこまでも緩めの笑顔で返すウォルター。


 ウォルターにしてみればマキの事を正しく理解しているわけではないが、ここでまた積み重ねる思い出を捨ててまで記憶を取り戻してほしいとはどうしても思えなかった。

 それは見方を変えれば死ねというのとほぼ同義。だったらやるべきではないと軽く返す。いや、この場合は気が付かないだけで今のマキが死ぬ事になるわけだが。


 マキはその言葉に胸を撫でおろしつつ、同時に前のマキの事を考え、複雑な気分になる。


 今の自分がそのままいられることが嬉しくて。

 前の自分に対して後ろめたくて。


 心から喜べない状況を嫌悪しつつ、マキはこれからの事を考えた。

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