今後の話
「マキ!」
その姿を確認するや否や、ウォルターはマキに抱き着いた。
突然の別れからまだ二月と経っていないが、それまでずっと一緒だったマキがいなくなったことでウォルターの心は不安定になっていた。
父親と死に別れたウォルターは、マキとの別れを重ねて見てしまったのかもしれない。
マキは何も言わず、ウォルターを抱き返した。
マキは顕現した時点で主からある程度の情報を得られるため、現状はだいたい把握している。しかしマキにしてみればもっと後に、皇帝の件が片付いてから復活すると思っていた。しかもどうやって顕現させたのか理解できない方法でいきなり復活した。
現状が分かるだけにより深く困惑してしまったが、この場で重要なのはウォルターが思わずマキに抱き着いてしまった事で、他の事はわりとどうでも良かった。
しばらく二人は抱き合っていたのだが、昂った気持ちが落ち着けば得られる情報を整理できるようになる訳で。
ウォルターはマキに押し付けていた顔を一度離し、マキの顔を見て、もう一度顔をマキの胸に埋め、また顔を離す。
「あれ? 胸がある? 偽物? へぶっ!?」
「ウォル? あまり失礼な事を言うと――殴りますわよ」
ウォルターの記憶にあるマキは、胸が無かった。
しかし、このマキには胸があった。
記憶の中のマキと目の前のマキ、外見の齟齬から抱いた疑問を愚かにも口にしたウォルターは、マキの肘打ちを喰らい、地面に叩き付けられた。
「もう叩かれたと思うんだけど……?」
「今のは肘です。拳ではありませんわ」
「痛いよ……」
ウォルターもそれなりに戦闘経験を積んでいたおかげか、頭部への一撃に敏感に反応して防御魔法によるダメージ減少を成功させていた。その後の地面に叩き付けられた分は防げなかったが、最初の一撃は後頭部への攻撃だったので防げなかったらかなり酷いことになっていた。
一応、マキはウォルターならこれぐらいは防げるだろうという認識のもと、攻撃している。ちょっとしたじゃれ合いのようなつもりだ。若干本気の制裁が混じっているが。
「この姿が、ワタシ本来の姿ですわ。今までは邪悪な魔法使いによって歪められた、偽りの姿でしたの」
マキは豊かとは言えないがそれなりに膨らんだ胸に手を当て、高らかに宣言する。
とりあえずウォルターはマキが胸にこだわりを持っている事を理解し、昔とそこまで大きく違わないという感想を心の裡に仕舞った。賢明な事に。
再会を喜び合ったところで、情報のすり合わせと今後の予定を考える事になった。
マキは自身の目標であった「元の姿を取り戻す」を達成しており、真面目な話、目的が無くなってしまった。
ウォルターの「『再生』の魔法を使えるようにする」は現段階では達成していないので、そちらは継続。
この世界の女神から「皇帝を倒す」という仕事を与えられていて、ウォルターは個人的感情からそれを引き受け、周囲と共闘している。
「女神の使徒」と「チラン公国」、「周辺国家連合」が主要な味方だが、前二つの組織は敵対関係にある。現状は「女神の使徒」側とより深く関係を持っている。
敵である皇帝は「復活能力」を持ち、「兵士を大量に顕現する」能力を持っている。また、兵士は「殺して取り込んだ人間を再現する」事が可能である。
厄介なのはそれだけでなく、「顕現魔法で作ったモンスターを乗っ取る」事が出来るため、マキも一度乗っ取られそうになった。
当面の目標として「皇帝の打倒」を掲げる。
そのための課題というか、やるべき事は3つ。戦力の強化と、皇帝の不死性に対する対策、乗っ取りへの対策の3点である。
ウォルターの特訓は戦力強化に含むが、強化すべき戦力というのは連合の兵士だ。こちらは精霊魔法と生命魔法――身体強化魔法に限る――の伝授を中心に行う。
不死性については推測推論しかできないレベルであり、これについては後回し。
モンスター乗っ取りに関してはマキの方から提案があるのと、兵士たちの戦闘方法が顕現魔法一択から精霊魔法や生命魔法による強化からの肉弾戦へとシフトするので、こちらも重要視するほどでもない。
となると特に力を入れるべきは戦力強化であり、ここが肝心要の重要項目である。
二人はそう予定を立てると、周囲で2人を窺う女神の使徒の面々と合流するのだった。