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彷徨う子羊

 チランとの交渉を終えたウォルターはチェルノーと使徒たちの援軍20人と合流し、ランク8ダンジョン『精霊の庭』へと向かった。

 厳しい時間制限があるため、最低限の準備だけでの突撃である。


 チラン側からの援助は一切なし。付け入られる隙を減らすための判断で、その為に準備は完全とは言い難い。

 それでもこれが最善であり、ダンジョン攻略に必要な物資は最低限と言わず、それなり以上に持ち込めている。この辺りはウォルターの持つ収納袋の恩恵であり、それが荷運び人員を削り最少人数での行軍を強行した理由だ。最初からそれを込みで考えて動いているのである。





 今回のダンジョン攻略は、ウォルターを含めて22人で行う。

 全員が戦闘要員であると同時に荷物による行軍速度の低下が無いため、通常の3倍以上の早さで移動ができる。


 ダンジョンの移動は普通に歩くよりも時間がかかるのだが、その時間がかかる理由の大半はモンスターへの警戒と荷運びの労苦だ。

 荷物を運ぶのに顕現魔法を使う事もあるが、綺麗に均された道を進むわけではないし、数日分の食料や水を持ち込むのは負担がかかるのである。

 周辺への警戒については『精霊の庭』の特性上、ほとんど必要とされない。通路と大部屋で構成されたこのダンジョンは大部屋にのみモンスターが配置されており通路部分で遭遇戦が無いため、警戒すべきポイントが限られる。


 移動速度が上昇すればその分だけ疲労の蓄積も早くなるが、大部屋に入らず通路で十分な休憩を取れば回復もたやすい。荷物の出し入れや片付けは手間だが、大部屋に入る前、休憩のたびに場を用意すれば休憩の効率も上がる。

 そして行われる戦闘は慣れた者による「作業」であり、危なげない行為でしかなかった。

 結局、チランの騎士たちが2週間以上かけて攻略する『精霊の庭』を、“女神の使徒”側の情報によりショートカットしている事もあり、一行が最深部の魔力だまりにたどり着いたのはダンジョン攻略4日目の事だった。





「このショートカットコースについては、チランには漏らさないんですよね?」

「当然ですな。対価も無く漏らしていい情報ではありませぬので」


 このショートカットコースの知識があれば、チランの負担は半分以下となるだろう。

 人類の為を思えば共有すべき情報だが、潜在的な敵と認識している相手に利する行為は愚かである。よって教える意思はないとチェルノーは断ずる。

 もっとも、今回の作戦が成功擦ればダンジョンは活動を停止し、チランが兵士を張り付ける事は無くなるのだが。



「では、始めます」


 緊張した面持ちで、ウォルターは『鍵』を取り出した。十字架の上に輪っかの付いた、アンクと呼ばれる形をしている。

 これは魔力をダンジョンから魔封本に流すための道具であり、ちょっとしたトラップでもある。奪われないようにする為のちょっとした(・・・・・・)防衛装置が付いた、ただの道具である。


 ウォルターは鍵を魔力だまり――可視化するほど濃密な、魔力の塊の中に入れ、手を離す。

 すると鍵は周囲の魔力を全て吸収し、ウォルターが手から離れそのまま地中に姿を消した。


「これでこのダンジョンと魔封本がリンクしたはずです」

「ふむ……。見えはしませぬが、確かに成功したようですな。周囲から魔力の反応が消えております」


 ウォルターは魔力が注がれているホムンクルス・カーディアンの魔封本を見せるが、チェルノーらの目には何が起きているのか分からない。ただ、魔力だまりの魔力が完全に霧散しているのだけが分かった。

 実際、魔封本に注がれている魔力は完全に制御されているため、外部から観察しても非常に分かり難い魔力版『蝕』のような状態になっている。ウォルターは手にしているので指先からの反応で魔力を感じ取れているだけである。



 あとは魔封本を起動するだけとなった。


「じゃあ、全員離れていてください」


 ウォルターは念のために、他の人間全員を魔力だまりのあった場所から遠ざけた。

 通常のモンスターを顕現するとき、顕現主とモンスターの間には魔力供給を軸とした主従関係が構築され、顕現主は絶対的な命令権を得る。

 しかしホムンクルス・カーディアンは魔力をダンジョンから得ているため、主従関係が構築できず、命令権なども発生しない。


 そのため現れたホムンクルス・カーディアンの性格に問題があった場合、気まぐれで何かされるだけで周辺に被害が出る可能性が有った。

 ウォルターはホムンクルス・カーディアンに関する情報を最低限しか持っていないため、念のために1人で顕現に挑戦するつもりなのだ。



 ウォルターは独りになると、呼吸を整え周囲に意識を張り巡らせる。

 感じ取れる範囲に異常は無い。

 それを確認してから手にした魔封本に意識を向ける。



――イメージしなさい

  願いを形にする

  それが魔法ですわ――



 ウォルターの頭の中で、マキがアドバイスしてくれた気がした。

 それは記憶の中にある言葉だったか、それとも他の誰かの言葉をマキが言ったかのように記憶を改ざんしたのか。無意識に作り上げた幻聴かもしれない。

 ただ、ウォルターは自分を振り返っていた。





 どちらかと言えばどころか、完全にここまでの自分(ウォルター)は流され続けてきた。



(必要とされる自分になりたかった。

 だから自分に起きた奇跡を、今度は自分が起こす側になろうと思った。


 元いた場所に居られなくなった。

 願いを押し通すには力が必要だった。

 だから旅に出た。強くなろうとした。


 ここまではいい。これは自分で選んだ道だ。



 特訓した、強くなった。

 その力で、出会った人に手を貸そうと思った。

 なのに結局力になれず、中途半端に終わった。


 もっと頑張った。もっと強くなった。

 神様に命令されて戦争?に関わった。

 大勢死んだのに、小さな助力しかできなかった。死んだ彼らの願いにこたえられたのだろうか?


 全てが自分の思い通りに行くと考えるほど傲慢ではない。

 でも、もっとできる事があったんじゃないかと考えてしまう。



 でも。

 その意味の無い言葉だけが繰り返される。

 そしてこう考える。


『自分は、あの時からどれだけ変われたのか』


 強くなった、できる事が増えたというのに、結果が無い。

 前に進んでいる実感の欠如は、自信の喪失を招く。それは自分の根幹が無いという事。


 ウォルターには、自分を支える芯が無かった。

 求めるイメージが見えなくなるほどに。

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