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ミリィ

 ウォルターの質問に、バグズは言葉に詰まった。

 バグズは粗野ではあるが、愚かではない。ちゃんとした教育を受けているし、冷静な時であれば頭も回る。ウォルターが、クーラの暗殺をほのめかしているのに気が付いたからこそ、言葉に詰まったのだ。

 クーラに対し、バグズ自身は殺してやりたいという感情を持っている。だが、殺した場合のメリット・デメリットを考えればデメリットである「殺人犯」の汚名を被るわけにはいかず、もし他人を使って殺させたとしても共犯者や黒幕であることを疑われるのが間違いないため、実行できずにいる。

 それに、殺人そのものへの忌避感もある。まともな神経をしているバグズは怒りに任せて殺しを行うほど短絡的ではない。バグズはクーラの犯罪(嫌がらせ)のうち訴えられる物の証拠を上げ、それを上奏するにとどめている。


 すぐに効果のある、画期的な手法など無かった。



「もしクーラがいなくなったら、か。状況にもよるが、俺が犯人って言われるだろぉなぁ」


 バグズはウォルターにそう返し、釘を刺す。目に力を入れ、「余計な事はするな」と恩人に自制を呼びかける。

 だが、ウォルターは元々クーラを直接害するのには反対だったため、バグズの返答に安堵して気の抜けた笑みを浮かべた。その笑みにバグズは先ほどの発言の真意を見失い、困惑するがウォルターとて余計な事は言わない。ただ内心で「だから言ったじゃないですか」とマキに対して勝ち誇る。



 互いにはっきりとものを言わず、どこか微妙になってしまった空気。

 そんな空気をものともせず、新たに乱入者が現れた。


「兄様、お客様ですか?」

「ミリィ」


 現れたのはバグズの妹、クーラに目を付けられた少女である。

 年は16歳。この世界では結婚適齢期の半ばであり、縁談の一つでも持ち上がったのはそのせいだろう。容姿は猫のような勝気な瞳に日に焼けた褐色の肌、長く伸ばした綺麗な髪を後ろでまとめ、そのまま流している。やや大人びた印象の、なかなかの美人である。


 ワンピースの上に一枚羽織っただけの格好であるため、そのボディラインは服の上からでもはっきりとわかる。その双丘は、かなり大きい。ウォルターは歩くたびに揺れる大山脈に目を奪われ、ついでその視線をマキの大平原に動かす。


「分かりやすいぐらい失礼ですわね」

「あ、イタイイタイ! 許してマキ!!」


 視線の意味は考えなくても分かる、マキはウォルターの頭を掴むと、そのままアイアンクローに移行。全力ではないが、トマトのように潰れないギリギリの力で締め上げる。

 ウォルターは堪らず許しを請うが最大級の地雷を踏みぬいたのだ、喋る気力がなくなるまで責め苦は続き、灰になるまで締め付けられた。


 何があったのか男として理解できるため苦笑するバグズと、現れた途端に行われた惨劇に目を丸くするミリィ。

 混沌とした場を収めようとする勇者は現れず、ウォルターが回復するまで誰も何も言わなかった。





 ウォルターの復活は意外と早く、2分ほどで再起動した。

 ウォルターが復活し、具合を確認するように首を左右に振る。それで何とか動けるようになったことを確認したウォルターは、周囲を見渡して自分に視線が集まっているのを理解した。

 何か言う前にキョロキョロと死線をさまよわせたウォルターであったが、ミリィを見てその視線を顔から下に下げようとしたが、心の底の衝動に従い視線を顔の高さで固定。危機を回避する。


「はじめまして、お客様。バグズの妹で、ミリィと言います。どうぞ、良しなに」

「討伐者のウォルターです。えーっと、よろしくお願いします?」


 意識を失う前の記憶が混乱しているため、ウォルターはよく分からないといった顔で応対する。

 対するミリィはマキがいきなり暴行したことに驚きはしたものの、ようやく喋れそうな雰囲気になったことに安堵し、ようやく自己紹介を済ませることができた。ニコニコと笑顔を浮かべ、興味深そうにウォルターを観察している。


 ミリィはクーラから嫌がらせを受けていることを理解しており、自分が標的であることも重々承知している。よって最近は外に出る事を自粛しており、暇だったのだ。焼けた肌から分るように、彼女自身は活動的で農作業なども好んで手伝う。この辺りは兄と同じような思考回路をしている。屋内の娯楽などが少なく、生来の気性から外を好むため不満が鬱積していたミリィ。そんな彼女にしてみれば珍しく兄にまともな格好の客が来たという状況は、格好の暇つぶしだった。


 ミリィがウォルターたちを暇つぶしの相手に見定めたのには理由がある。

 この世界における一番の娯楽は商人や旅人から外の世界の話を聞くことである。

 本は娯楽の為ではなく学術的なものがほとんど。芝居や観劇などは大都市圏の中でもごく一部の限られた人間にしか縁のない世界だ。身元のしっかりしている、信頼できる「町の外の人間」であれば噂話をするだけで宿代程度の小銭が稼げるのが一般的である。

 よって、ミリィは初めて出会うウォルターを“一般的な思考で”暇つぶしの相手と考えたのだった。



「すまねぇが、何か外の話でも聞かせてやってもらえねぇか? 今晩はうちに泊まって行ってくれてもいいし、飯も出す。お察しの通り、妹は外を出歩けなくてな。暇ぁ持て余してんだ」


 バグズはミリィが暇を持て余していることを知っている。

 それに、ミリィが来るまでにしていた会話をこのまま続けるのは難しい。


 ウォルターたちも状況の変化は理解した。

 ウーツの町での出来事はあまり面白くないだろうし、モンスター退治の話を聞かせてみる事にした。

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