反省会
「あらあら。何も無い所ですが、我が家と思って寛いでくださいな」
ウォルターとチェルノーは、救世教会を本日の宿に選んだ。
メルクリウスらとはまた話し合いの場を設ける事が決まっているのだが、その場合、彼らに宿を要求するのが躊躇われたためだ。
公爵の館に泊まったとしても、暗殺などといった手段で害される恐れはあまりない。ごく一部の者が主の命を聞かずに暴走する可能性は完全に否定できないが、メルクリウスが主になってチェルノーを害する可能性は無いと断言できた。仇を討つメリットよりもウォルターと敵対するデメリットが大きい為である。
しかし宿を頼めば借りができ、その分交渉で譲歩が必要になる。
それに宿を頼み、相手が暴発するのを誘い、暴走した者を返り討ちにすれば交渉で優位に立てるという事も無い。手の内をさらす事になるかもしれないし、直接刃を交えた分だけ心の距離は離れていく。デメリットの方が大きかった。
急に来客を迎える事になった救世教会の側だが、こちらは思わぬVIPを受け入れる体制など整っているはずが無く、整えようにも先立つものが無かった。
そこは本人らが質素な部屋で構わないと言っても、周囲が気にするのだ。ウォルターに拒否権など無い。
その事が分かっているチェルノーは宿泊料金の半分を物納、布団などを手配することで対応してみせた。ウォルターからは食料の差し入れが行われている。
その他細々とした事を行い、来客用の個室二つを使えるようにした。
夕飯を食べ終え、2人は相談の為に顔を合わせていた。
「反省が必要ですな」
「必要ですね」
顔を合わせた2人は、軽く挨拶すると揃って項垂れた。
2人が最初に気にしたのは、最後にアレスの対応を誤った事だ。
ある程度相手を調子づかせ、油断したところで狙った結末へと落とし込む。それは2人がメルクリウスに仕掛けたのと同じ方法だ。
戦闘でも交渉でも、「勝った」と思った瞬間が一番危険。
あの時、会談が終わった事で勝利を確信した2人であったが、こうやって宿を取るまで気を抜いてはいけなかった。だからあのように中途半端な返しで詰まってしまった。これがメルクリウスとの交渉中に言い出されたのであればまだ対処できたのだが……。
2人は元々交渉ごとに強い訳ではなかったので、あの程度の結果でも悪くないし、責められるほどでもない。
が、向上心を持ちもっと上の結果を求めないと現状維持すらままならない。立場に相応しい責任感を持っているなら落ち込みもする。ウォルターは立場など関係ない価値観を持っているが、「期待に応えたい」程度の感情はある。
そして落ち込んだところで問題は解決しないし、同じミスは無くならない。何が問題だったのか、どうすればいいのか対策をしっかり考える事の方が重要である。
「あの場で油断したのがそもそもの間違いですよね」
「そうですな。“敵地”であることを忘れるとは、不覚でした」
ウォルターはこういった反省会の経験が無いので、チェルノーが司会となって、ウォルターが問題解決に挑むことになった。
まずは問題点の洗い出し。
今回の問題を一言で表せば「油断」である。
会談が終わろうとチランと“女神の使徒”との関係が変わらないにもかかわらず、油断した事。
油断は対応までの時間を削り、正常な判断を曇らせる。
他にも考えられそうな問題を挙げていく。
「では、なぜ油断したかですな」
「……会談の終了を、最終目標と錯覚した事です」
次に問題の発生原因を追究する。
油断した理由は目標意識の誤認が考えられた。他にも経験不足などが挙げられるが、それは「能力が足りていない事は事前に分かっていたのだから、その対策を先に考えておくべきだった」とさらに原因の原因を、と、より根源的な原因を追究していく。
マキの後継を認めさせること、皇帝を討つ事。それらが最終目標であれば会談は中期目標、途中経過にすぎない。確かに会談を勝利で終えるというのは一区切りついたという事だが、結果が出たと考えてはいけなかったのだ。
最終的に、計画性が足りていなかったと結論付けられた。
「では、今後はどうしますかな?」
「計画の見直し、でしょうか?」
「見直すだけで大丈夫ですかな? 自分でも疑問に思っている内容を対策とすることに問題はありませんかな?」
「……」
最後に問題をいかにして改善するか。
ウォルターは計画性が無かったことが原因なのだからと計画の見直しを提案するが、チェルノーはそれで本当にいいのかと疑問を投げかける。単純にそうすればいいと思っていたウォルターは思わず言葉に詰まった。
これはウォルターをイジメているわけではなく、本当に大丈夫かの念押しである。計画の見直しでいいとチェルノーも思っているが、ウォルターがそのことに対し確信を持っていないようだったので、「それでいい」と断言して欲しくて投げかけた言葉だ。
気持ちが曖昧なままで行動に移っても結果までも曖昧になる。大事なのは強い意志だ。
また、こうやって疑問を投げかける事で対策をさらに考えさせることも目的である。問題に対する予防策などは一つで十分とは言い切れず、複数の案を以て解決するほうが安全性が高い。ウォルターの苦労は大きくなるが、それもまた経験である。
その後も細々としたことを話し合い、二人の夜は更けていくのだった。
なお、メルクリウスはというと――
「もう少し強気に攻めんか、馬鹿者が」
「しかし離反されては」
「だからと言って下手に出るだけでは下策じゃろうが。対等な者として、気を使うだけではなく使わせるように要求を出ねば付け入られるだけじゃ。
そもそも相手に提案を並べ立て、自分の意見を押し付けて終わらせようとするのがいかん。あれは強気ではなく、弱気の現れじゃ。相手の言葉を聞くようにして、そこから言質を取っていくようなやり方を――」
アレスに怒られていた。
商人たちと幾度も交渉事を重ねてきたメルクリウスだが、常に強者として相対してきたのがほとんどである。そのため、気を使う相手との交渉経験は少なかった。ここ最近は無かったと言っていい。
それが理由で付け入られた事を叱咤され、アレスから指導を受ける羽目になった。
こちらの夜も、長いようであった。