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ウォルターの反撃④

 しまった、とメルクリウスは考えてしまった。らしくも無いミスを犯し、言質を取られてしまった。

 この場合、「効率を優先すべきである」という「行動指針」を相手に与えてしまった。反撃、封殺の手札をいくつか考えるが、上手い手を思いつけない。それが悪手であると理解しつつも黙っているのが最悪であるために、勝利への道筋を描き綱渡りに挑む。


「効率よりも、安全(・・)を確保するための選択ですよ。

 例えばです。その後継者を用意し、兵を鍛えたとしましょう。そうすると兵たちの中には「あの方も戦場に出る。だから大丈夫だ」という思いを抱きます。戦場における心の支えになるわけですよ。

 それが奪われた時の反動は、いかほどと考えますか? また、奪われた後、その後継者によって与えられる被害は? そもそも、止めることができるのでしょうか?

 その対案(・・)も無く危険度の高い選択を行う訳にはいきません」


 愚言を吐く事に対する内心の苦々しい思いをそのまま表情に乗せ、メルクリウスは語る。

 これでまた一つ、相手に言質を与えてしまったと考えながら。


 これは以前も行った発言だが、その時と今回では重みが違う。非公式の場と公式の場での違いである。

 それが分かっていても、言わずにはいられなかった。


「つまり、確実性、安全(・・)度の高い選択肢を選ぶべきだと言いたいと。

 で、提示された問題点に対する対案(・・)で納得できる話をしない我々の意見は聞く必要が無いわけですな」


 最後に「道理ですな」と付け加え、楽しそうに笑うチェルノー枢機卿。

 この流れが完全に予定調和であると言わんばかりの表情だ。


「他にも問題点はありますし、まず上がった問題というのが今の“例え”です。危険度が高いという問題も重要ですが、それだけで済む話とは思わないでいただきたい」

「じゃあ、解決すべき問題を今のうちに考えて、対策しないとダメですね。

 だって、こちらはそうする心算で(・・・・・・・)動きますし」


 ここでウォルターが言外に、いやここまで言ってしまえば直接的に、「許可が得られなければ強行する」と言ってのける。

 そしてそれを止める手段がチランに、メルクリウスには無いとも。


 詰んだ。

 メルクリウスは既に勝ち筋がないことに(ほぞ)を噛む思いで認める。

 反対しようと、物理的に止める手段が無い。

 いや、止めてしまった場合、致命的な被害が発生する。ウォルター独りであればフリードをぶつけるだけで何とかなったと考えていたのだが、“女神の使徒”と手を組まれた段階で、もう駄目だったのだ。

 また、ウォルターがチランと完全に敵対しようと構わないと割り切った事こそ、この場における最大の敗因だとメルクリウスは自覚した。


 もしも。

 意味のない仮定、もしもの話だが、ウォルターがチランに深く友誼を結んだ誰かを得ていれば、このような事にはならなかっただろう。その誰かのために、メルクリウスに従う決定をする。


 “女神の使徒”という後ろ盾を持ち、チランとの縁が切っても構わない程度の物だったこと。メルクリウスはマキがいたとき、ウォルターを蔑ろにし、マキだけを重用してきた。

 すべてはウォルターを軽視してきたツケである。



 そうなると、すでにマキの後継者を得る事は確定事項として扱うべきである。

 そしてこれ以上事態を悪い方に流れないように話を食い止める必要がある。例えばここで「メルクリウスと縁を切る」といった趣旨の発言をされるのは最悪である。その場合、偽皇帝打倒が叶ったとしても、勝者たちの中でチランの立場が無くなる。

 他にも、自分たちの考えを押し曲げて我を通したと相手に言わせる必要がある。そうすればこの会談においてメルクリウスは敗者ではなく、相手(ウォルター)の願いの為に誠意をもって応えた上位者となり、同時に相手(ウォルター)が配慮すべき重要な仲間であるという証明に繋がる。


 欲をかくわけではないが、負けっぱなしでは今後の付き合いに支障が出る。

 出来れば上位者として。それが叶わなくともせめて対等な仲間として。

 ウォルターにチランを、メルクリウスを認めさせる必要があった。





 表情にこそ出さないが、ウォルターもギリギリだった。

 もともとウォルターにはチランと敵対する意思が無く、可能なら友好的な立場を維持したいという思いがある。敵対してでも我を通そうとするのは、ただのブラフである。そうしなければ自分の意見が通らないので敵対的な姿勢を取っているのだ。


 優先順位は、マキの遺志に応える事を最優先。

 信頼の度合いで言えば、マキとメルクリウスでは比較にならない。今はいないアルヴィースの言葉であれば迷いも生じるだろうが、他の誰かではその代わりにならない。よって、マキの言葉を守るのは当然と言えた。



 しかし。

 この方針に反する可能性が一つだけ残っている。

 それはウォルター本人の考え方。


 ウォルターは基本的に、他者に対して友好的な対応を好む。敵対的な存在であればどうでもいいと考え、メルクリウスと敵対的関係にある今で言えば、メルクリウスにどのような被害が出ようと気にはしない。

 ただ、それに巻き込まれ、兵士を含む一般の民に被害が出る様なことは可能な限り避けたかった。


 メルクリウスと本当の意味で敵対し、戦う事になったら。

 間違いなく、無関係な者まで巻き込むだろう。それはウォルターには許容したくない結果である。

 強気の姿勢を崩しこそしないが、それがブラフと思われては望む物が手に入らない。そのジレンマに胃が痛む。


 ここまでの流れは想定通りであり、順調。このままいけばある程度思惑を通しつつ、話は終わる。

 その考えで自分を鼓舞し、ウォルターは次の手に備えた。






「まず、操られないかという懸念が最大の問題でしょう」


 メルクリウスは「この問題を本当に解決できるというのか?」という思いで問題点を列挙していく作戦にシフトする。

 お目付け役の存在は疎ましいが、自分たちにもメリットが無いわけではない。いくばかの妥協をするのは交渉ごとにおける常だ。気持ちの切り替えは早く、妥協したことで得られる事もあると考え、自分たちにとって最大の利益を確保するよう、不利益を減らすよう、必死になって考える。そして考えていることを悟らせないよう、矢次早矢に言葉を放つが。


「この阿呆が。そろそろ口を閉じんか、馬鹿者」


 そんなメルクリウスを、今まで黙って聞いていたアレスが止めた。

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