ウォルターの反撃③
ウォルターは優勢になったとは理解していないが、メルクリウスの余裕が減ったのだけは理解した。
だが優勢になったとはいえ、現在は油断の欠片も無い。
(相手はまだ話を蹴る気がない。けど、完全に冷静さを保っているわけでもない。
この場合、自分たちの筋書きを相手に提示し、反論に対して矛盾、隙を突くように話を進めるんだよね?)
ウォルターたちは事前に状況を想定しつつ、それに合わせた話の振り方を決めている。最初の方はかなり細かく打ち合わせを行い、表情や仕草まで決めてあった。
だが話が長引くにつれ、想定できない事は多くなる。細かいことを決めても意味が無くなるので、次第に打ち合わせ内容が適用できなくなり、対応は大ざっぱになる。
その為、ウォルターとしては出来るだけ早く終わらせたいという焦りがあった。
「まず、お互いに利益のある話をしましょう」
自己紹介が終わる頃には場が険悪になり、空気が張り詰めてしまった。
だが、それで終わってしまっては集まった意味が無いのだ。喧嘩別れになり、たとえチェルノーを討ったとしても、チランという都市国家にとってメリットは無い。仇敵を討ったと言い多少の武を誇ることは出来るが、それでウォルターが愛想を尽かせば終わりなのだ。
だからメルクリウスは冷静さを保ち、議事進行を行う事で主導権を握ろうとする。
「目下、我々の共通の敵である“自称”皇帝イーヴォを倒すために共闘する。これを基本路線としたいのですが。
何か異論はありますか?」
「無いです」
「ありませんな」
まず確認されたのは、今回集まった目的だ。
これが共有されない事にはどんな話もできるものではない。
「では次に、“女神の使徒”は次回の旧帝都攻略戦に参加すると考えて良いのですね?
もちろん、我々と肩を並べろとは言いません。独立した遊撃戦力、もしくはそちらの『天使』様の護衛として動いてもらう事になると思います」
「そうだね」
「そうなるでしょうなぁ」
メルクリウスは簡単な確認を積み重ねていく。
これは会議などでよく使われる手法で、相手が「はい」と肯定しやすい事例を積み重ねる事で、普通なら通らない内容にも「はい」と言わせる、心理戦の技術だ。
なのでまずは相手の都合を考え、自分たちの損にならず相手が納得できる提案を積み重ねる。最終的にはこのまま自分たちに都合のいい内容を確認させるだけで話を進め、それで最後まで押しきる事を目標としていた。
また、この場では大枠を決めるに留め、詳細は後日と言って面倒な事が出る前に話を打ち切りたい意図もあった。
「そちらの戦力に付いて正確に把握していませんので、これは確定事項とは言えませんが、連合各国からも『天使』様の護衛を行いたいという申し出があるでしょうね。
もしも自分たちだけで護衛を務めたいと言っても、それが通るとは思えません。それについては護衛任務が共同になる事を納得して頂くか、そちらで対処して頂く事になるでしょう。大丈夫ですね?」
「そうだね」
「当然ですな。『天使』様は大将として本陣配置が常道なれば、護衛を厚くするのは道理。我々だけで行うべきではないでしょう」
メルクリウスに合わせ、チェルノーもウォルターの事を「天使」様と呼んだ。
小さい事であっても情報を渡さないよう、連合国の方に言い方を合わせているのだ。
その後もメルクリウスの作戦は上手くいき、ウォルターらは提案を承諾するばかりである。メルクリウスは内心で安堵し、いくつかの約束をする。
一つ。今回の件が終わった暁には、その貢献の度合いにより公爵殺害の罪の軽減を行う。
一つ。チラン側は“女神の使徒”の拠点を探らず、不干渉を貫く。
一つ。互いに戦力把握を申し出ず、保有戦力に関する情報は重要機密として扱う。
他にも細かく“当たり障りのない”約束を積み重ねていくメルクリウス。
基本的に互いを信用せず、距離を保ち、しかし必要な所で協力して互いの邪魔をしない。そういった内容を詰めていく。
そして何より大事な事として、事前準備に関しては話題にしない。
そしていつ攻めるかについてはまだ決まっていない事、それまでウォルターが兵の教導を行う事を提案したところでウォルターは攻勢に出た。
「――ですので、『天使』様には兵たちに指導を行って頂こうと考えています」
「じゃあ、兵が来るまではある程度動けるよね?」
「いえ。チランの兵になら、今日からでも行えます。さすがに今日からとは言いませんが、出来るだけ早い段階で始めた方が効率が良いでしょう」
「そうですなぁ。効率良くやらねば、多くの兵に教えを行き渡らせるのは難しい」
メルクリウスが連合国の兵への教導を依頼した時。ウォルターは「兵が集まるまでの時間を自由に使えるのでは?」と自由時間の存在を主張した。
メルクリウスはそれに対し、「ぞんな時間は無い」と軽く一蹴。
そこにチェルノーが同意を返す。
「そうですね。効率は大事ですもんね」
「ですなぁ。訓練が非効率では、戦いへの備えが間に合わぬからのぉ」
ウォルターとチェルノーは顔を見合わせ、ようやく言わせた相手の失言を強調する。
メルクリウスは一瞬、何を言われたのか気が付けなかった。が、すぐに相手が言いたいことを理解し、表情には出さないが苦い思いを抱く。
「マキ様の後継。居てくれた方が、確実に効率が良くなるはずでは?」