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メルクリウスの立場

 やられた。


 それがメルクリウスの思いだった。



 メルクリウスは、ウォルターを侮っていた。


 戦力としては並々ならぬ魔法を誇り、戦士としても一人前。指揮官としてはやや物足りなさがあるが、16になったばかりという若さを考えれば「掘り出し物」だ。

 しかし若さ以上に対人スキルに付いては未熟さが目立ち、考えが浅い。その精神性は高潔とまでは言わずとも、ちゃんとした“義”を持った若者で悪辣さが足りない。

 何より旅人であり、後ろ盾であり保護者であったマキがいなければ操るのは簡単だ、と。


 事実、幼い正義感と現実を前に出すだけで、メルクリウスの言葉一つで黙り込んでしまう未熟さを見せていた。


 それが、まさか“女神の使徒”などという犯罪者集団を後ろ盾に、自分に刃向うとは。

 全く予想していなかった展開である。



 憎らしい事にウォルターは入れ知恵されたようで、兵士たちの間にメルクリウスへ不満を持たせる小細工を弄してきた。

 兵士たちにメルクリウスとウォルターの不和を知られる事は、今後の統治に影響を及ぼす。


 皇帝に勝つとして、その後のウォルターの動向が分からないからだ。

 ウォルターはチランに居を構え、チランの討伐者として生きてきた。名を挙げたのもチランからだし、生きていく基盤を持っているのもチランだけだ。その為、何事も無ければこのままチランで生きていくだろうというのが、誰もが持っていた共通の認識である。

 そしてウォルターが生きていく以上、仕事をするのは当たり前だ。その仕事は兵士の指導であったり、討伐者としての活躍だったり、個人レベルに止まらない、かなりの利益が見込める。


 それが他の都市国家に移住するとどうなるだろうか?

 ウォルターがいる事で発生するメリットが、丸ごとなくなる。そして他の国が力を付けるという事は、将来的な危機を抱えるという事。

 もちろん、連合国内の移動に留まるだろうから、恩恵がゼロになるわけではないだろう。独占は周囲との不和を生み、戦争のリスクを抱える事になる。だがそれでも、差は必ず生じてしまう。国家レベルで教わる側と教える側に物理的な距離の差があれば、無視し得ない不利益を生むのは想像に難くない。


 他国に流れるならまだいいかもしれない。

 もしもこのタイミングで“女神の使徒”側に完全に取り込まれ、連合国から去られたら……間違いなく、チランに未来は無い。例え皇帝という大災害をどうにかしたとしても。





 かつてウォルターの要求を退けた理由は、本人に語っていない物を含めていくつかある。


 他の国に身寄りがいない事。これは半ば想像の物で確証は無かったが、マキと2人で逃げるようにこのチランへ来たことから考えても、そう大きく外れてはいないだろう。思考を誘導するのが楽であるし、外に頼る相手がいないというのはこの地に留まらせるいい理由になる。

 マキのような保護者がいない方が扱いやすい事。メルクリウスにとって、マキは油断できない相手だった。見た目こそ若いが、中身は年経た老獪さを覗かせていた。もしもその後継が同様の老獪さを見せるのであれば、メリットと同時に大きなデメリットも生じかねない。今は利益のために負担を抱え込むより、負担を減らすために利益を見逃すべきだと判断したのだ。

 そして、皇帝相手に勝算がある事。そもそもあの“自称”皇帝をどうにかしなければ未来が無い。だが、物量に加え約半年の訓練期間で戦力に不足は無いとメルクリウスは考えている。それにウォルターに語った通り、マキの後継が敵に回れば勝算が無くなるといった危険もある。

 他にも「あとでも呼び出すことが可能で緊急性が無い」などと細々とした理由はあるが、大きくはこの3つの理由が決め手だ。


 ウォルターが新たな後ろ盾を得たことで、前二つの理由は消えた。

 だが、最後の理由がまだ消えていない。

 だからまだ反対する大義名分がある。


 ウォルターに出て行って貰っては困るが、ここで安易に屈しては、今後、メルクリウスやチランが軽んじられる可能性が有る。要求を呑むにしても相手の譲歩を引き出し、強い立場を確保しなければいけない。王とは、他の誰かを犠牲にしても軽んじられてはいけない立場なのだ。



 外から見ればつまらない理由かもしれないが、メルクリウスは公王としてウォルターに臨む決意を固めるのだった。

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