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ウォルターの反撃①

 その後、いくつかの話し合いを終えてウォルターはチランに戻った。話し合いや相談事など、打ち合わせが長引いたので、無断で姿を消してから2日後の帰参である。無論、この行動も計算された行為だ。

 枢機卿の一人、チェルノーという初老の男性が付き添う事になっている。同じ枢機卿の中でも、最初に案内役だったユリアンが付き添わないのは、名誉ある役目を奪い合った結果だ。案内役に続いて今後の付き添いまでユリアンが独占した場合、周囲の嫉妬などが凄い事になるのだ。


「チェルノーさん、緊張してます?」

「ははは、チランはこれまで敵と言い続けてきた相手ですからな。敵地に飛び込むと思えば、この老骨でも身を固くしてしまうものなのですよ」


 チェルノーが付き添いに選ばれた理由は二つ。

 戦闘能力の高さと、年齢だ。

 チェルノーは使徒らの中でも一番の精霊魔法の使い手であり、最強の男だ。加齢により体力の不安はあるが、魔法使いとしてはとても優秀。メルクリウスの父であるチランの前公爵を討ったのもこの男である。

 そして、いざという時。チランと武力で衝突した場合。討たれても(・・・・・)構わない(・・・・)人選でもある。老人がいつまでも権力の座にしがみつくことを善しとせず、後進に席を譲るいい理由と考えられたためだ。武人としてのチェルノーは、老いて枯れるより戦って散りたいのだ。


 いかにも宗教関係者、それも高位の者としての服を着込んだチェルノーは相当目立つ。

 純白の司祭服には金糸の刺繍が施され、陽光を浴びて輝いている。手にした銀の錫杖も教皇用の物ほど豪華ではないが、帝国時代の、帝国に搾り取られていた帝国教会の教皇の物よりは華美であろう。

 そんな姿でチランを歩けば衆目を集め、話しかけてくる者こそいないが、小さな声で噂話に興じる者が大勢出てくる。


「ウォルター様!!」


 それらを無視しながら二人がメルクリウスの屋敷を目指していると、長槍で武装した衛兵が、駆け足で現れた。


「ウォルター様! どこに行って居られたのですか!!」


 駆けつけた兵士は3人。そのいずれもが、無精ひげを生やし、どこかくたびれた雰囲気である。

 彼らはウォルターがいなくなった事で周囲を休む事無く探し回っていたのだ。

 もちろん、探し回っていたのは彼らだけではない。この2日間、1000人近い兵士がウォルター探索の為に行動を起こしていた。ウォルターに何かあっては公国の、いや連合国の一大事。皇帝討伐が叶わなくなってしまう。だから全員必死になって駆けずり回っていたのだ。


「おや? メルクリウス公からは居ても居なくても構わないような、雑な扱いをされていた私を探して?」


 心底不思議そうな顔をして、兵士に問うウォルター。もちろん、わざとである。

 案の定、兵士は「状況を分かって言っているのか、こいつ!」という厳しい視線で睨まれる。声に出して文句を言うほど我を忘れていないが、抑えきれず顔に出てしまうほどには怒っている。今は口を開けば罵声が飛び出してしまう為か、無言になっている。


「いやいや。先日「もう話など無い」と言われ、ここには居場所が無いと思ったのだけどね」


 その怒りに対し、苦笑で返すウォルター。

 先ほどの煽りで兵士が怒った時の返答として、事前にいくつかリアクションを考えていた。

 今回のパターンは、兵士が怒っているが何も言わないパターン。メルクリウスの発言を受けて居なくなったのですよと、怒りの矛先をメルクリウス側に向けようとしている。

 成功したところで完全に怒りの矛先をずらせるわけではないが、それでもメルクリウスの行動に不満を持つ人間が現れる可能性が高くなる。ただ、あまりメルクリウス側に不満を持たれるのも困るわけで、時間を掛ければ鎮火は容易いだろう。

 単純に「こちらをないがしろにするのは愚策だぞ」と脅す意味合いである。今回は“女神の使徒”接触を持った時点で迷惑をかけることが決まっていたので、そこから少しでも利益を出すための、狡い手だ。自分が脅威であると印象付ける手段。


 ウォルターの弁明を聞いた兵士は、僅かに表情を歪める。

 ウォルターの言い分に理があると思ったわけではないが、メルクリウス側の発言が不味かったことを理解したらしい。メルクリウスがウォルターに対し「仲違いにより見捨てられる可能性を一切考慮していないかのように振る舞った」と思い至ったわけだ。どの程度かは分からないが、メルクリウスがドジを踏んだと兵士たちは判断している。よりにもよって、今後の戦局を決める一番重要な人物を相手に。


 その成果を見届け、2人は内心で上手くいったと安堵する。当然、表情には一切それを出さずに。

 大きな一回の成功より小さな成功を何度も積み重ねるやり方は、一回当たりの難易度が下がるのが普通だ。しかし難易度と違い重要性は下がっておらず、こういったことに慣れていない2人には荷が重かった。ウォルターは完全に経験不足、チェルノーは戦闘能力こそ高いし経験豊富であるがこういった事はそこまで得意ではないのだ。

 だから思った事を表情に出さないようにするのが精一杯だったりする。



 ウォルターの行動に不満を持っていた人間は数多く、メルクリウスとの会談までにこれと似た様なやり取りがあと数度繰り返されることになる。

 小さな楔、だけど無視できない弱い“毒”が公都チランに浸透していくのだった。

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