豪農バグズ
バグズの家は露店通りから見て町の反対側にあった。
というのも、露店通りの反対側の街壁には門が無く、畑が集中しているエリアだったからだ。人通りの少なくなるところに農地を配置し、人通りの多くなる場所に露店や宿屋などを置く。旅の商人が効率よくお金を落とすよう、旅の商人が効率よく店を出せるよう、宿場町としては基本的な都市配置となっている。
街壁の内側に農地を持っているという事は、バグズの家はそれなりに歴史のある農家という事だ。壁の内側に新しく開墾する土地など無いし、普通に考えていい土地を手放す農家などまずいない。
二人揃ってバグズの家を訪ねているが、名目としては先ほどの騒動について謝るという事になっている。そのため変装は解除し、格好は元通りになっている。
あの場で何が正解かは分からないが、騒ぎが起きたためにバグズが店を畳んだというのは間違いない事実だ。それを取っ掛かりに、「助け方」を決めようとウォルターたちは決めている。ほぼ初対面の人間が「貴方を助けたい」と言えば変な人確定だが、「迷惑をかけた詫びとして」なら体裁は整う。それでもまだ強引であるが、理由無しよりまだマシだろう。
バグズの家は、それなりに小奇麗な家だった。広さもおおよそ50坪と平民にしてはあり得ないもので、ウォルターの目には豪邸として映る。
町の中の家は基本的に石造りだ。貧乏な人の家であれば石と石の間に隙間があり、風通しが良い。一応土で埋めるのだが、草などが生えている場合もある。
だがバグズの家は隙間を土ではなくセメントで埋めてあり、ちゃんとした壁になっている。一部使われている木材も塗装し保護され綺麗な姿を保っており、ウォルターはバグズに「意外とお金持ち」といった印象を持った。
「ごめんくださーい」
ウォルターがドアをノックし、中に呼び掛ける。ノーアポであることが問題になるかもしれないと気が付いたが、今更どうにもならない。マキが後ろで見守っていたがお手伝いのおばさんが出て来る。
「旅の者ですが、バグズさんに用があって来ました」
「あらあら、まぁまぁ。坊ちゃまのお客様ですか。すぐにお呼びしますね、こちらへどうぞ」
彼女に案内され、応接間へと通された。
お手伝いさんの反応を見る限り、坊ちゃまことバグズはあまり友人がいないようだと二人は判断した。
だが実際は二人の着ている服を見て、まともな、それなりにいい家の人間と勘違いしたのが本当の所だ。ウォルターは旅人の服装で平民であったが、後ろに控えるマキはそれなり以上の身分に見える良いメイド服を着ていた。つまり、ウォルターはマキのお付で、本命はマキ。お手伝いさんはどこかの貴族の使いが来たと判断したのだ。だからバグズに用があるとだけ言われて用件も何も聞かず、即座に招き入れたのだ。
そんなことに気が付けるはずも無く、二人は出されたお茶を飲む。
その味がよく分からないウォルターは微妙そうな顔をし、良い茶葉を使っていることが分かるマキは感心していた。
そうしてマキがゆっくりとお茶を楽しんでいたところ、バグズが足音を立ててやってきた。先ほどのお手伝いさんは気を利かせたのか、奥に引っ込んでいる。
バグズは20歳前後の大柄な男だ。農作業で鍛えられた体は筋肉質で重厚。荒々しさを感じさせる鋭い目つきに短く刈り込んだ黒い髪。服装は、上は簡素なシャツにも似た物を着ているだけで、下は分厚い生地のズボンを穿いている。
見た目で言えばどこかの討伐者と見間違えそうなほどで、間違っても金持ちのボンボンには見えない。
応接間に姿を現したバグズは、椅子から立って出迎えたウォルターを見て目を見開いた。バグズは露店通りでの出来事を覚えており、助けてくれた相手がわざわざ家にまで来たことに驚いたのだ。
「俺の名はバグズ。見ても分からねぇかもしれねぇが、農民だ。さっきはありがとうな、『お客さん』。まぁ座ってくれや」
バグズは椅子に座ると、名乗りをあげる。
そして立ったままのウォルターに座るよう促す。
ウォルターは許可を得てようやく椅子に座り直し、自身も挨拶をする。
「初めまして、バグズさん。僕は討伐者で旅人のウォルターと言います」
「マキ、と申します。ワタシはこの子に魔法を教える教師の様なものですわ。どうかお見知りおきを」
「ウォルターとマキ、か。今日は変な事に巻き込んで悪かったな。客として商品を買ってくれたこともだが、あの場で俺の代わりに馬鹿どもを追い払ってくれたことに感謝する」
ウォルターたちが挨拶を終えると、バグズは深々と頭を下げ、感謝を口にした。
バグズにしてみれば、家のゴタゴタに他人を巻き込んだ負い目がある。そしてあの場でウォルターが暴走していなければ、自分が暴走していたという自覚があった。そしてそれは最悪を招きかねない話であり、大きな弱みを見せかねない事だった。それを未遂に防いでくれたウォルターには感謝しかなく、こうやって頭を下げることができて良かったと考えていた。
対するウォルターは困惑していた。
店を畳む原因になったと言って話を広げるはずが、相手にここまで感謝されては言い出し難い。どうしよう、とマキを見ても「知りませんわよ?」と目線だけで分かるほど見放されている。
それでもどうにか考えをまとめ、ウォルターは事情を聞き出すことにする。
「ええっと、頭を上げてください、バグズさん。僕の方も、あの後店のあった場所に行ったらバグズさんがもういなくて。店を畳む原因になっちゃったことを謝ろうと思ってここに来たんです。そうやって頭を下げられると、もう本当にどうしていいのか分かりません」
「店を畳んだのは俺の判断だ。あの場はどうやっても店を畳むことになっていただろう。ウォルターが気にする事じゃねぇ。そうだ、例に何か――」
「いえ、それより、事情を窺ってもいいですか? 僕はこの町に来たばかりで、何が原因でバグズさんたちが揉めていたか知らないんです」
すでに周りから聞き出しているにもかかわらず、平然と言い切るウォルター。
そんなウォルターの中身には気が付かず、バグズは「分かった」と言って事情を語りだす。
バグズの語った内容も先ほど調べた話と大きく変わらず、ただ違ったのは、バグズの家もわりと大きく、農奴を何人も抱える豪農だったという部分だ。この町の人間にしてみれば当たり前のこと過ぎて、聞かれなかったらわざわざ言わないほどの常識だったが。
お互いに何代も続く豪農と豪商という事でバグズの妹とクーラに接点が生まれる。
本来なら富裕層という事で結婚にも家格がつり合い、家同士で話し合いとなり婚約となってもおかしくないほどだった。だが、クーラは女癖が悪く、良い噂もあまりない。唯一商才については誰もが認めるほどだったが、逆を言えばたったそれだけである。バグズの親はそんなクーラに娘はやれんと言い出し、家同士で揉めだすことになる。
質の悪い事に、クーラは先に領主を抑えてきた。元々あった婚約を破棄されたと、相手の非を強調することで自身の正当化を行い、干渉しないように「自分たちだけで解決するので手を出さないで欲しい」と持ち掛けた。領主にしてみればどちらの家にも配慮が必要で、日和見してしまう程度に臆病だったこともあり、すでに頼れる状態に無かった。
話を聞き終えたウォルターは、最後の一歩を踏み込んで聞く。
「じゃあ、もしクーラがいなくなったら、この状況はどうなると思います?」