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大聖堂

 教皇はウォルターを自ら連れて案内する。

 通常、道案内や先導というのは「格下」の仕事である。重要人物が会談を行う時、普通であれば会議室などで座って待っているか、相手を待たせて遅れて合流するのが常識である。

 事実、チランにおいてメルクリウスがウォルターに会う時は常にそういう対応をされてきた。メルクリウスにしてみればチランという自分のホームグラウンドで会う相手は常に「格下」でしかない。天使様(ウォルター)であろうとも、領内で会う以上、公王である自分が「最上位」なのだ。まだ16歳と若いことに加えて使い勝手のいい「部下」程度にしか考えていなかった前身もあり、そこまで良い対応をしていない。


 対して、教皇はウォルターを立て、自ら甲斐甲斐しく立ち振る舞う。

 これはウォルターに対して最大級の敬意を示すとともに、自らの立ち位置、「純粋に女神に仕える物である」ことと「ウォルターの下に付こうとしている」ことをアピールしているのだ。


 女神の使徒は、女神の意思を正しく伝える集団である。

 であれば女神自らが天使(彼らの言う“御使い”)と証明されているウォルターに付き従う事は教義によって定められた“常識”であり、彼らのやりたい事である。

 当然、人間なので個人的な感情を捨てきっているわけではないが、「死ね」と言われれば喜んで死ぬ覚悟を当たり前のように持ち合わせている。狂信や盲信にも見えかねない一途さで信仰心を持っているのは環境によるもので、生きる範囲を制限されるという辛く苦しい生活が、彼らの結束と純粋な信仰心を養ってきた。外を知らないという事も集団として有利に働き、内部の情報統制を自然と行えている。


 現状では女神の意思により動くウォルターを神聖視しているので、教皇はウォルターを地上における最上位と定めている様子だ。



 ウォルターを出迎えるために村人全員が集まっていたのか、村の中を進む二人と枢機卿らの周囲に人影はない。

 ウォルターが周りを見渡せば、石でできた家が整然と立ち並んでいるが、この世界における一般的な村にしか見えない。ここが本当に女神の使徒の本拠地なのかと疑いながら進む。


 教皇は村の中でもひときわ大きな建屋の中にウォルターを案内すると、土の精霊魔法で床の土をどかして隠し通路を掘り出した。床から隠し通路までの深さは3mほどあり、はしごなどの下に降りる手段はパッと見ただけでは無いように見える。


「降りるときは風を纏い、降りるようにしております。もしこういった精霊魔法をお使いではないようでしたら、僭越ながら私めが使いますが、如何なさいましょう?」

「この程度の深さなら、そのまま降りれるから大丈夫。ところで、灯りはどうしていますか?」

「魔法道具の灯りを使います」


 地下の通路へ降りる手段が用意されていないのは、侵入者対策である。

 隠してあると言っても見つかる可能性は付きまとう。逃げるとき、利用中に見られてしまえば一発だ。だから降りる手段を精霊魔法に限定し、僅かにでも時間を稼ぐための工夫である。例えば金属鎧を着こんだ者であれば縄などで降りるのもできないし、こういった村に攻城兵器として使われる頑丈なはしごなどが用意されるとも思えない。梯子を作らないだけでも時間は稼げるのだ。多少でも時間を稼げれば、あとは崩すなどの強硬手段を取る事もできる。


 だが今回、ウォルターは武装しておらず身軽な格好でいるので、たとえ飛び降りても問題ない。それに身体強化の魔法も使えるので、たとえ鉄の甲冑を身に付けていたとしても、おそらく怪我一つしないだろう。

 疑問に応えた後、問うた事に教皇は「差し出がましい事を口にしました」と言って頭を下げ、通路に降りると明かりを手に先行する。

 ウォルターもそれに続き、地下を進んでいった。





「向かう先がどんな場所かは知らないですけど。行くたびにこんなところを通らないといけない場所なんですか?」

「この先は我らにとって避難所であり、絶対に失う訳にはいかない大切な場所です。あの背教者たちに奪われることはもとより、知られることなどあってはいけませんので。

 この道も不便ではなく、我らに課せられた責務なれば、苦と思うことなどありえません。中にはもっと護りを厚くすべきという意見もありますな」


 30数分、何度も分かれ道を通り、時に隠された通路を使い、落とし穴の途中にある狭い穴をくぐり、ようやく目的地に着く。

 歩きとはいえ2㎞は進んだだろうか。隠し通路は道中に罠が仕掛けてあった事もあり、何も知らずに足を踏み入れれば多くの戦果が見込める凶悪な道程であった。

 道順などは覚えられたウォルターであるが、罠などまで含めると記憶が怪しい場所がいくつもある。それほど複雑で注意が必要な造りをしている。



 案内の先にあった場所は、地下とは思えない広場だった。

 不思議な事に、天井を見れば土が見えるので地下であることは間違いないのだが、灯りを使わずとも十分な光に満たされており、地下であることを意識させない。

 周囲には色とりどりな光る珠が浮かんでおり、まるで遊んでいるかのように自由に飛び回っている。

 そして森のように木々が生えていて、草花が足元で揺れている。


 潜った穴の正面には石でできた屋敷(人工の建築物)があり、ここが目的地であることは確かだろう。

 だが、ウォルターにはここが一体何なのかを把握しきれず、驚いた様子で周囲を見回している。


 教皇はそんなウォルターを微笑ましい物を見るような優しい目で見つめながら、誇るように屋敷へ向かって手を上げ頭を垂れる。


「改めまして。ようこそ御出で下さいました、御使い様。ここが我ら“女神の使徒”の拠点。ランク8ダンジョン『精霊の庭』に作られた大聖堂に御座います」


 その屋敷は石の持つ重厚感と長い年月を積み重ねてきた歴史的重みを感じさせる。入口の上には蔦をモチーフにしたレリーフが飾られ、両脇には守護者の如く剣と盾を手にした騎士像が飾られている。

 大きさだけで言えば大聖堂というには(いささ)か貧相であったが、数百年前の作り手の努力、ここに通う信者たちの頑張り、それらがこの建物の神聖さを確かなものにしていた。

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