使徒、再び
「新しい戦力というのは魅力的だよ。でも、安全の保証も、能力の保証も無い。だよね?」
メルクリウスは、ウォルターに苦笑いと共に考えを述べる。
「マキさんも防げなかった罠、術。新しいホムンクルス・カーディアン? その子がマキさんと同様の判断を下し、それ以上の力で戦えるのであれば、その保証があるなら構わないけど、違うはずだよ。
マキさんとウォルター君の関係は主従ではなく、教育者と教え子のそれだった。他に主がいることを匂わせる事も言っていたし、顕現させた術者は別人で、ウォルター君ではない。であれば師に劣る弟子が顕現させるわけだし、能力が劣る可能性を十分に考慮しないといけない。皇帝の用意する罠を食い破る事は可能なのかな?
マキさんが防げると判断したのだって、今の皇帝の実力を見ての話だ。皇帝側だって今回失敗したのであれば、新しく何か考え、マキさんの想定を超えるかもしれない。相手だって成長すると考えないと足元をすくわれるよ?
戦力は魅力的。でも、奪われる可能性が高いとなれば、それは脅威でしかないんだよ。
本当に罠に負けない戦力なのか? それがはっきりしない以上、許可は出せない」
メルクリウスはそう言って一度言葉を区切る。
ウォルターは反論の言葉を考えるが、挑む内容が未知数であるため、相手の意思を覆すだけの力を持った反論を思い浮かべることができずにいる。
「幸いにも精霊魔法のほか、生命魔法を教えて貰える事になっているんだよね? それで兵士たちを鍛え、個々の戦力が敵兵に比肩できるところまでになれば、相手との戦力差はずいぶん縮まるんだ。だったら、安全確実な手段を選んだ方が良いとは思わないかい?
無論、この一件が片付けばマキさんをこちらのダンジョンで顕現し直す許可を出すよ。でも、それまでは我慢してもらうよ。相手がどこに罠を張れるともわからないんだから、迂闊に顕現して乗っ取られましたじゃ危険すぎる。
マキさんから言われたことを守ろうとするのは教え子としてならいい事なんだろうけど、ここは冷静に戦局を判断してもらうよ」
「これはチラン公王としての正式な決定だから」と最後に付け加え、メルクリウスは話を締めた。
ウォルターは何も言い返すことができず、最後まで無言のまま、執務室を退出した。
逃げるようにメルクリウスの所を離れたウォルターは、街中を一人で歩いていた。
気配を探れば監視の人間がうろちょろしているが、天使様になってからは、ある意味それが日常である。気が付いても放置し、気にしない事にしていた。
ウォルターは目的も無く街を歩き続ける。ダンジョンで憂さ晴らしをしようとしても職員に止められて叶わない。ウォルターであればランク5ダンジョン程度ならソロで攻略しかねないので、当然の判断だ。
できる事もやるべき事も無いので教会に顔を出して少し愚痴を聞いてもらい、落ち込みがちな気分に支えを入れる。教会関係者に助力を願おうと思っても、元より権力者から力をはく奪された組織でしかない教会に戦力など望めない。政治的な力が全く無いわけではないが、ウォルターは彼らを荒事に巻き込もうとは思えなかった。愚痴を聞いてもらいうだけに留める。
マキから言われた事は、できない。今のウォルターは何をすればいいのか、どうすればいいのかの指針を失ってしまったため、迷子の心境でただ歩き続ける。
「っと、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ、すみませんでした」
そうやって意識が散漫になった状態で歩いていると、ウォルターは街の住人らしき女性とぶつかってしまう。
互いに謝罪の言葉を口にし、その場は何もなかったとばかりに別れ、歩き去る。
次第に日が傾き、ウォルターは夕飯の時間には屋敷に戻るのであった。
夕飯前に着替えようと、ウォルターは来ていた服を脱ぐ。
すると衣擦れとは違う、何か足元で妙な音が聞こえてそちらに視線を向ける。
そこには丸められた紙切れが落ちており、ウォルターはそれが何なのかと思い、拾ってみる。
中には青い水の精霊石が包まれており、更に包み紙にはこう書かれていた。
『貴方様に御協力する準備があります。
お困りのようでしたら3日後の朝日が昇る頃、チランの東門より街を出てください。ランク8ダンジョン『精霊の庭』にご案内します。
女神の使徒』
それは、一度は敵対した組織からの誘いだった。




