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撤退、そして

 ウォルターが呆然としていたのは一瞬だ。

 すぐさま元総司令らのいる戦場に向かい、彼らを一瞬で殲滅。対モンスター用の罠を使われ苦戦していた兵士らをしり目に、精霊魔法による範囲攻撃を行ったのだ。罠を使う事で優位を保っていた元総司令の複製体であったが、精霊魔法に対する知識もろくに無く、なんら抵抗することもできず殺されていった。

 殺された者たちは顕現魔法によるモンスターと同じように消えて行ったので、この段階でウォルターらは皇帝の関与に気が付くことになった。



「最悪ですね」


 ウォルターの護衛にして総司令の代行業務を務めるリオンは方向を受けるとそう言い放った。


 報告を聞いたリオンとその周囲にいる司令部の面々は、すぐに「ここで皇帝が顕現魔法を使った」と判断した。

 つまり、この場ダンジョンである可能性に思い至ったのだ。


 そうであった場合、この地は安全圏ではなく、戦場となる。つまり、常に襲われることを想定し、警戒を怠れないという事だ。

 そうなれば体力と精神力を消耗し続け、いずれ破たんする。

 それは勝機を潰す愚策である。



 であれば、採るべき手段とはどんなものがあるか?


 まず、皇帝を潰すために戦う。

 現有戦力はまだダンジョン攻略に向かう余力を十分に残している。

 が、皇帝をどうにかするための戦力があるのかと言われれば「無い」と答えるほかないだろう。唯一最大の戦力であったマキが落され、決定打に欠ける。地形破壊による殺害は可能だが、幾度も蘇った事実を前には意味をなさないだろう。


 では、退くべきか?

 相手に時間を与えるという事は、対策を取られるという事である。

 これまで有効だった策が無効化される。それはいつの時代でも変わらず、今回もそれは適用されるだろう。


 だが、それはどちらにも言える事で、こちらも皇帝に対する対策を講じるという事だ。

 ならば時間をかける事は悪手ではない。

 なにより、マキの代理人足り得る存在が補充されるだろう。決定打となりうる手札が手に入るという事だ。

 同じ手段を取れずとも、新たな手段を見付けてくれるかもしれない強さ持っているであろう。



 今回採択された方針は、ほぼ全軍の撤退である。

 完全な撤退ではないのは監視のためだ。周囲の村々に最低限の人員を配置し、外部への侵略に備える。

 それぐらいに干渉を留め、時期を見て再び一斉攻撃。今は春なので次は夏の中ごろに動き秋の収穫に間に合うようにか、収穫が終わった直後に軍を動かすことになるだろう。移動には片道一月かかるので、下手をすれば来年になる可能性もある。


 この場にいるのは各国のトップではないから、ここでの話し合いは草案としてまとめられる。決定ではない。

 国家間の調整は移動に日数がかかるので、この場で骨子となるたたき台を作り、少しでも時間をかけずに動けるようにという程度。

 各国の外交官がが集まって話し合うのを一回分前倒しするわけだ。



 全ての話し合いを終え、それらをまとめた書簡を持ってウォルターは公都・チランに戻るのであった。





 旧帝都を発ちチランまで7日。ウォルターは独りで先行し、帰還を果たした。


 チランに戻ったウォルターが最初にしたのは当然報告である。公王となったメルクリウスへの非公式な面会を予約した。

 皇帝との戦争は重要案件であるが公王であるメルクリウスの執務はどれも重要で、優先順位を付けにくい。急ぎ時間を空けようとするが前触れも無く戻ってきたウォルターに即応できるほどではない。2日待って、ようやく面会が叶う事になる。

 また、この2日間はウォルターに与えられた休日という側面もある。


 なお、非公式なのはウォルターが宮中作法を知らないからで、公式では許されないレベルで無礼を働きかねないからだ。ウォルターも貴人として立場があるので、公の場で恥をかかせないためにも必要な措置である。



「ウォルター君、マキさんの事は聞いたよ。大変だったようだね。無事と言えず残念だよ」

「話に聞いただけですけど、皇帝は無茶苦茶でした。あれ、僕ではどうにもできないと思います」


 約2月ぶりに会うメルクリウスは、ずいぶん痩せていた。

 メルクリウスは提出された報告書に目を通し、それでも伝わってこない現場の空気を知るため、ウォルターと執務室で会っている。

 面会は2日後になったが最低限の事前報告は他の人間にしてあり、何があったのかを大体であるが情報共有してある。書簡もまた、渡してあった。


「敵兵の相手、普通の兵士じゃ厳しい?」

「ここの騎士でも難しいんじゃないですか? 腕前はいけると思いますけど、装備で負けています」

「それは困った話だよ? 君の使う支援魔法? それが無いと戦えないのはよろしくないよ。どうにかできないかな」

「魔法は技術です。教えれば、何とか」

「他にも『軍隊鼠』だっけ? そちらも広めないと拙いよ」


 報告書にはメルクリウスの知らない魔法や技術について多数触れられており、それを軍全体で共有しない事には皇帝と戦えない可能性に触れられていた。

 教導官(ウォルター)が一人しかいない事、そのウォルターが居住地と定めているチランに他国の士官が教えを受けに行くので、受け入れ態勢を整えてほしいという要望なども挙がっていた。


 そのためメルクリウスの負担は増大し、気分を重くさせている。

 打倒皇帝を言い出したのがチランであるため、リーダーとしての役割を責任を背負わされていることが負担増大を強いられる一因となっている。


 そして文官は育てるのに時間がかかるので、負担を減らす目途は立っていない。急激な体制変更のあった都市運営とはそういうものである。



「それで。マキさんの代わりになる『ホムンクルス・カーディアン』の事だけど」


 話はマキの事に及び、その代行となる新しい『ホムンクルス・カーディアン』の件になる。

 ウォルターにとってはこれこそ本題で、拳を握り表情を引き締める。


「マキさんが人間じゃなかったのは、まぁ、薄々分かっていたけどね? 能力が人間離れしていたし、逆に人間と言われた方が納得できなかっただろうし? 復帰できない理由も分かった。

 新しいホムンクルス・カーディアンを用意できることも、そのためにダンジョンを一つ使えなくなるのも、聞いた。

 皇帝に対する切り札となる事も、うん、分かるよ」


 そこまで言ってメルクリウスは用意されているお茶で口を湿らせる。


「だけど現状では、それを認めるわけにはいかない」


 そして。

 メルクリウスは、ウォルターの希望をはっきりと断わった。

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