自決
マキが提案したのは、元総司令に「名誉ある死」を与えた後の謀略だ。
元総司令には自決を促し、公開処刑などではない形で綺麗に退場してもらう。生きているとイレギュラーが発生しやすいので死んでもらうのは既定路線だ。
その後、噂を流すのだ。
流す噂は元総司令の死について疑問を覚えるという形で入り、憶測をあたかも事実であるかのように推論を述べさせる、ただそれだけの物。
嘘ではなく推論や憶測なので、騙すわけではない。周辺各国には正式に事実を伝え、真実が捻じ曲がらないようにする。が、今この場にいる兵士たちには混乱してもらい、真実が伝わらないようにするわけだ。
マキが流す噂の例として挙げた内容は多岐にわたるが、そのほとんどがろくでもない内容だ。
謀略により毒殺されたという程度ならまだいい。傀儡蟲による寄生を許した、実は最初から皇帝側のスパイだった、地上にいた兵士は全滅していて傀儡兵ばかりになっていたなど、彼らにとって荒唐無稽で、実は真実に近い内容が含まれ得る。
元総司令を貶める噂があれば、周囲の物を貶める噂もある。ウォルターに対しても容赦はなく、先ほどまでの戦闘もウォルターが仕掛けた陰謀だとか、味方サイドを貶める事も忘れない。
しょせん推論。
広まったところで大勢に影響はなく、この場にいる兵士にしか影響はなく、事実で洗い流せる規模に収めるのは難しいことではない。
放っておいても噂は発生するし、ここでやるのはあくまで「噂の誘導」といった状況のコントロールだ。逆に考えれば発生する無責任な噂全てを一気に否定し、都合の良い事実だけを残す手段とも取れる。
では色々なうわさを流すとして、本命の噂はどのようなものか。
それは“元総司令逃亡説”だ。
元総司令が外部の誰かに操られていたとして、逃げたのであればその操っていた人間、黒幕が動くのではないかという期待だ。
人間であれば絶対などないため、事実を口にしない保証はない。
であれば、口封じか再利用のために動くとマキは考えた。
囮に使う年齢や背格好が近い人間は何人もいる。
あとは罠にはめるだけである。
マキの提案を悪辣とは思っても、これ以上に有効な対案を出せる者はいなかった。
色々と考えて行動しても、たった一つの読み違いで無駄になる事はままある。
今回の件もそれに当て嵌まってしまう。
囚われ、牢で鎖に繋がれている元総司令は焦っていた。
殺されてしまえば、自分が傀儡兵の一種であるとばれてしまう。傀儡兵は顕現魔法から派生した技術で作られているので、死ねばモンスターのように魔力の光となって消えるだけだ。そうなっては誤魔化しなどできない。
本来の予定であれば、囚われる事無く逃げおおせるつもりだった。
だが逃げる間もなく襲われ、毒にやられ、拘束されている。
ウォルターがモンスターにも効く麻痺毒などと言う厄介な物を使わなければまだ逃げる余裕はあったはずなのだが、終わった後に愚痴を言ったところでそれは「たられば」でしかない。すべては遅きに失した。
かと言って、牢から逃げ出すことなどできるわけでもない。
傀儡兵としての基本能力は常人のそれを遥かに上回るので鎖を引きちぎる事だって不可能ではないのだが、それをやってしまえば自分が人間ではないと喧伝しているのと変わらず、結果が変わらない。自害しても結果は同じ話である。看守がいるし、誤魔化しようがない。
この世界の魔法は精霊魔法を除けば封魔札を使った顕現魔法ばかりなので、それを取り上げられた段階で元総司令が鎖を引きちぎる事は不自然になる。
服などに仕込んでいたという言い訳も使えない。服は用意された物に着替えているため、いい訳の使用が無いのが元総司令には恨めしかった。
囚われてしまった事で、元総司令には打てる手など無くなっていた。
自分で死んでもらうとして、その方法はやはり毒だろうという事になった。
短剣のような他の用途に使えそうなものは渡せないので、これは当然の判断だ。
瓶に入れるなどすればやはり武器として扱われかねないので、錠剤のような固形物にした毒を飲んでもらう事になっている。
「自決は受け入れてもらえますかね?」
「受け入れるだろうさ。すでに助かる道はない。生き残る目は無いのだから、あの方が晩節を穢す真似をするとも思えない。
できれば、この手に掛ける事にならなければいいのだがな」
食事時間。
兵士5人が配膳係を引き連れて牢に赴いた。
最後の食事という事で、メニューは肉のステーキなどと、豪華な夕餉となっている。
本来は配膳係に兵士3名が付くのだが、今回はそのあとの話もあるため、念のために5人で動いている。
彼らは自決をするための、毒を持ってきている。
毒を渡し、自決を求める事。毒を飲んだかの確認をするため、監視をする。拒否された場合、毒で死んだことにするのが任務だ。
外部からの干渉を防ぐ防衛の任についている兵は他にいるが、人の出入りするときはより一層の警戒して随行員を連れて行く。
今回の増員は、更に警戒を深めての事だ。“敵”がいるとして、敵が動くなら今がねらい目なのだから。
牢の鉄格子を挟み、食料と毒が渡される。
「……豪華な飯だな」
「“前”総司令、アロイス=ハインミュラー様。貴方の処遇が、決まりました」
ここにいる兵士は中立を保った部隊、ウォルターを捉えようとした部隊、抗った部隊のそれぞれから人を出している。
全員が少し離れたところから給仕やその直衛の兵士を見守っている。
「飼い殺しか、処刑であるな?」
「……処刑の方です。いえ、自決をしていただくように、と、言われています」
「ククク。“名誉ある死”か」
言いにくそうに自決をするよう求める兵士。
それを嘲笑う元総司令。
「英断を」
「そちらの都合を、偉そうに。まぁ、良い」
すでに諦めの境地にある元総司令。
彼は食事を手に付ける事無く、毒を口にし、水で流し込み――