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軍隊鼠

 ウォルターの発想は、むしろ当然の物と言えた。

 顕現魔法において、戦力にならないモンスターを有効活用したければ、偵察などの任務を出来るようにすればいい。

 だが巨大鼠のような“弱い”モンスターをそのまま偵察に使おうと思うと、その中途半端な大きさが欠点になる。色彩による派手さは無いものの、体長2mぐらいある大型犬なみの鼠が目立たない訳が無いのだ。


 だからウォルターは考えた。

 “巨大鼠”を、ただの“鼠”にできないか、と。


 小さくなれば目立たない。

 小さくなれば、魔力効率も良くなる。

 火力については、≪精霊化≫が助けてくれる。


 そうして出来上がったのが、巨大鼠の魔核をベースにした新しいモンスター。

 その名を、『軍隊(レギオン)(ラット)』といった。


 余談ではあるが、似たような改造モンスターはウォルター以外も作っている。

 ただし、どちらかと言えば単体の戦闘能力を追求した、大型化をしている場合が多いだけだ。

 この発想の違いは、≪精霊化≫のような攻撃手段を追加できるかどうかだ。情報収集は重要だが、それよりも戦闘時における火力を優先してしまうのだ。そうやって見た目で分かる戦果を挙げられるモンスターでないと研究予算が下りず、有用であっても偵察用の小型化は先送りされてしまうのだ。





 ウォルターは、万を超える『軍隊鼠』を動かしていた。

 多数を動かすやり方は≪軍勢顕現≫で学んでいたし、一体あたりの魔力消費は消費の少ない巨大鼠に比べても数十分の一以下と、負担が少ないことが大軍を1人で賄う事を可能としていた。

 リオンなど他の者では、多数を動かすときのフィードバックに耐えられず使えなかった。ここは経験の差が出た形である。

 欠点として、多くを動かすことに思考のリソースを全て費やさねばならず、ウォルターが完全に無防備になる事があげられる。今までのように、顕現魔法を使いながら戦うことができないのだ。


 動けなくなるとしても周囲に頼れる護衛を残せば済む話であり、今回のようにマキが直衛に当たっているのであれば、それは欠点としては小さなものだ。

 この戦いにおける諸悪の根源、総司令らを直接攻撃すべく、ウォルターは軍隊鼠を動かしていた。



 戦闘が始まってしばらくすると、攻め手である総司令側に新たな動きが出て来る。

 傀儡兵の投入だ。

 モンスターではなく人的損害を出すことで、対話の芽を摘むのが目的だ。

 戦死者を出すことが戦意高揚に役立つかと言われると、そのような事は無い。損害を出した指揮官への不信感を抱かせ離脱者を出すかもしれないが、精神的な溝を作る面においては優秀な戦果(・・)だ。


 作戦の内容はこうだ。

 遊撃部隊と称して戦場を迂回させ、ウォルターらを直接攻撃するという名目で近寄らせ、同伴させた一般兵を傀儡兵で殺す。その後、傀儡兵がウォルター側に付くと宣言し、さらにその傀儡兵を別の傀儡兵が殺したことにする。傀儡兵は死体が残らないので、モンスターによる攻撃で死体が残らなかったことにする。

 そうすることでどちらの陣営も人的損害を出したことにするのだ。


 杜撰な作戦であるが、戦場に波紋を呼び起こすならこの程度でも効果が見込める。総司令はそのように考えた。


 だが、この作戦は、決行前に潰される。



「ん?」


 人を呼ぼうと、声を出そうとした総司令が気が付いたのは偶然だった。

 総司令の足元には、一匹のネズミがいた。

 ネズミぐらい、どこにでもいる。それが当たり前だ。


 しかし、そのネズミの目には、確かな知性が感じられた。

 危険。

 そう思ってしまった総司令は、思わず傀儡兵としての全力を出してネズミを踏みつぶしてしまった。

 そこから先は地獄であった。

 殺しても殺しても殺しても、ネズミはどこからともなく溢れ出る。


「うぉぉっ!?」


 身体能力の高い傀儡兵であれば小さな鼠を殺すのは容易である。

 だが、数が多い。

 100や200のネズミに集られては毒を含んだ歯で噛みつかれ、体の動きが鈍る。

 顕現魔法で構築されている傀儡兵の体は、人間の身体を完全に模倣している。だが、人間の身体ではないので毒を用いられても効くはずがない。

 しかしウォルターの軍隊鼠はモンスター用の、傀儡兵にも効果のある毒を使う。普段あまり使う事の無い闇属性の≪精霊化≫、毒鼠(ポイズンラット)による麻痺毒により、総司令は声を上げることもできずに倒れてしまう。


 総司令はネズミを潰すために暴れまわったにも拘らず人が来ない事を訝しむが、それは当然の結果だ。ここにネズミを送るまでにいた兵士は全て麻痺毒にやられて拘束済みであり、駐留軍は既に半壊していたのだから。

 顕現魔法同志をぶつける正面作戦の裏で、相手が対策を取れないように数を頼みにした軍隊鼠による一斉攻撃。不意をつかれた事もあり、駐留軍は為す術も無くやられてしまうのだった。





 指揮官を失った事でウォルターを捕えようとした駐留軍は瓦解した。

 奇しくも駐留軍側がやろうとしていた別働隊による指揮官への強襲を先に行われることによって。

 幸いにもこの戦闘による死者や重傷者はおらず、軽傷者が出るにとどまった。

 不殺(ころさず)を貫きながらも勝利した攻略軍側の事を中立を選択した者たちは認めざるを得ず、「ウォルターを捕えない」事で全体の流れは決まった。

 そうしてウォルターにまつわる話がまとまると、次は今回の件の諸悪の根源、総司令らの処遇を決めるための話し合いへと移行する。


 だがそこで、状況を分かっている人間と分かっていない人間による、ちょっとした揉め事になるのであった。

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