前哨戦
この世界において大規模な行軍というのは、基本的にモンスターを相手取ったものである。人間同士の戦争が不文律として禁止されているような世界だったので、そうなっても致し方ないのであろう。
ではモンスター相手の戦争とは、どんな始まりをするのか。
答えは簡単である。
見敵必殺。
要は、敵がいると思った瞬間に攻撃を仕掛ける。もちろん事前の戦闘準備を怠らず、臨戦態勢で動き回っての事であるが。
口上などによる舌戦は行われず、早い段階での殲滅こそ優先される。モンスター相手に口上を述べるのは無駄でしかないし、早期殲滅は各個撃破に通ずる基本戦術だ。
よって、最大戦力の投入が早い段階でなされる。
人と人の戦いであるが、まずは顕現魔法によるモンスター同士がぶつかり合った。
「街並みがどんどん破壊されていきますね」
「人死にの無い戦争って不思議な光景だなぁ」
「顕現魔法がある段階で死者が出にくいのは分かっていましたが、不毛としか思えませんわね」
ウォルターらは始まってしまった戦闘を、ひときわ高い塔の上から眺めていた。
3人がいるのは、火事などが発生したときに街全体を把握するための鐘楼である。他にもウォルター側に付いたダンジョン攻略軍の指揮官クラス数名と伝令兵が近くにいるが、鐘楼の部屋の広さにははそれでも余裕がある。広い帝都全域をカバーできるほどではないが、それなりの面積をこの鐘楼一つで見回れるように作られているからだ。ここを占拠できたのは、ウォルターたちにとって幸運といえた。
ウォルターらや指揮官たちは地上を見下ろし、戦況を確認している。
現在は街中でモンスターたちがぶつかり合い、街を破壊しながらも一進一退の攻防を繰り広げていた。
数で劣る攻略軍であるが、ダンジョンに行かず居残りをしていた残留軍を上手く抑え込んでいる。それを支えるのはマキであり、マキの使う遠距離攻撃魔法だった。
「たとえ千里の先でも貫きなさい、≪金剛槍・狙撃≫」
マキは敵軍に大型モンスターが現れれば即座にたたき潰し、小型モンスターによる物量戦を強いているのだ。
逆に自軍には大型モンスターに小型モンスターを組ませる効率のいい戦いを行わせ、少ない数でも有利になるよう戦場をコントロールしている。小型モンスターだけで大型モンスターの相手をするのは効率が良いとは到底言えず、建物を上手く使う事で相手の持つ最大のアドバンテージ、数の有利を打ち消しているのだ。
3倍の戦力を相手取りながらも、攻略軍有利で戦況は動いていった。
時間が経てば相手のモンスターが先に尽き、人間を戦力として投入せざるを得なくなる。そうなれば死者を出すことを厭う部隊が離反することが期待でき、結果、人的被害は最小限に抑えることにつながる。
その事が分かっていても、残留軍側は有効な手を打てないでいた。
人的被害が大きい方が、今後の皇軍にとって有利になる。皇軍の傀儡兵である総司令は顕現魔法無しの人間による戦いを命令したいが、部下を使い続けるために定石から外れた指示は出せない。戦闘ではまずモンスターをぶつけるのが当たり前なので、いきなり人間に動けとは言えないのだ。
人的損失が大きくなればウォルターを責める声は必ず上がるが、このままでは十分な被害が出る前に離反者が出て、戦闘が収束するだろうことが予測できた。
(陛下に部下を派遣してもらうべきか?)
そうなると、総司令の考え付く策は自作自演の茶番を演じる事しか思いつかない。
皇軍の傀儡兵が一般兵に偽装できることを利用し、人的被害が出たことにして、ウォルターの評判を落とすのだ。
至近距離で観察されれば傀儡兵による自演とバレるかもしれないが、モンスター同士が戦う戦場に紛れ込ませるのであればどちらからも距離を取る事が出来るし、策が露見する可能性は低くなる。
問題は「なぜ戦場に兵士がいたか」という理由づけだが、そんなものは無くとも、死者が出た、この一点で押し通そうと総司令は結論付けた。
だが、総司令は気が付いていなかった。
ダンジョン内で、ウォルターが顕現魔法を使っていなかったことに。
ウォルターの顕現魔法がどんなものか、それを知らずに戦っていることに。
ウォルターの軍勢は、すでに総司令のそばまで進軍しているのだった。




