対立
事態は大きく大きく動き、マキの想定すら超えて動く。
護衛の兵士――名をリオンと言う――はダンジョンを共にした仲間たちに声をかけ、ウォルターの正当性を主張し、その保護こそ連合国が皇帝に対抗する最善策であると呼びかける。
言われた討伐隊の兵士たちは、ウォルターを敵に回すことの危険性を理解できる者がほとんどだったが、僅かながらの兵が嫉妬や猜疑心を捨てきれず離反した。離反した兵は比率で言えば1割にも満たない100と数名程度であったため、約2000人の兵士がウォルターを守るべきだと同意した。
その他の兵、地上に駐留していた兵士たちは討伐隊の兵士に話を聞き、それでも過半数が様子見を選んだ。彼らの中ではウォルターは“天使様”であり、その権威は教会どころか神様が保証しており、ウォルターを危険視しなくていいという思いがあった。その上でなぜ上層部がウォルターを捕えるなどという暴挙に出るかを理解できず、捕えようとする事を信じていない。状況の変化について行けないのだ。
そして半数に満たない程度の兵が上層部の命令に従った。彼らはウォルターを捕えようとする事に政治的な意図があると誤解し、連合国ではなく、自分の国の為に上層部に従う道を選んだ。彼らは真実ではなく、国家の利益のために悪となる事を選んだのである。もちろん単純に上司の命令に逆らえないような、気の弱い、権力に従うだけの“自分の考えで動かない”兵士たちもここに含まれる。
地上にいた兵士たちは約1万。その4割がウォルターと敵対を選んだ。
ウォルターに味方する約2000人。
中立を保つ約6000人。
敵対を選んだ約4000人。
数日前まで打倒皇帝を目指し団結していた連合軍は、その目的を失わぬままに道を違え、分裂していった。
――ほんの数人の入れ替わりによって。
思ったよりも人が集まらず、ダンジョンに行った兵士以外は味方に付かなかった。そのため、リオンの目的は達せられなかったように感じられたが。
「順調ですね。これなら何とかなりそうです」
そのような事は無く、リオン本人は目的を達したことで安堵の笑みを見せていた。
「かなりの数が敵に回ったけど、大丈夫なの?」
「ええ、問題ありません。半数以上が静観を選んでくれたことで相手も迂闊な行動を取れなくなりました。
そもそも、人間同士が争うのはデメリットが大きすぎるのですよ。特に今は“打倒・皇帝”の旗を掲げていますからね。無理をすれば静観している者たちへの不信感を植え付け、自壊します。何もしなくても嘘に嘘を重ね、いずれはボロが出て自壊します。
ですので時間稼ぎ狙いで防戦に徹しつつ、相手の自壊を待ちます。お二方には人的被害が少なくなるよう、ご協力をお願いします。その方が仲間たちの精神的負担も少ないですし。
問題は、相手の狙いが分からない事ですね。それが分からなければ、根本的な対処ができません。お心当たりは、ありますか?」
すでに負けはない状況に持って行けたので安堵しつつも、相手の行動原理が分からないことでどうにも不安を拭いきれないリオン。
彼もまた、これが皇帝によって仕組まれたという発想に至らない。
各々が思案にふけり、沈黙が場を支配する。
その静寂を破ったのは、ウォルターだった。
「もしかして、収納袋が欲しいとか? しかも、他に内緒で」
「それはありそうですわね」
「そうですね。あれは単品でもダンジョン攻略に革命をもたらします。狙う価値はありますね」
ウォルターが思いついたのは、収納袋の所有権。
収納袋はほぼ無制限に物を収めておくことができる。これがあれば装備品や食料、水といった補給物資を少人数で大量に運ぶことができる。
通常、軍隊は金食い虫であり、多くの物資を消費する浪費活動だ。
そこで消耗される物品は、通常であれば輜重隊を編成して持ち運ばなければいけない。そうやって輜重隊を編成すると、行軍速度がかなり低下するうえに、守るべき対象として護衛の兵を必要とする。これは軍の運用上でかなり大きな問題である。これはダンジョン内に休憩所を作る理由ともなっている。
しかし収納袋があれば、その問題のほとんどがクリアされる。
まず、輜重隊が不要になる。それで行軍速度が上昇し、兵士を護衛に回す必要が無くなる。そして休憩所を作らなくていいなら、兵士を運用する上で無駄が省かれ、必要人数が大きく減る。
これは国にとってかなり大きなメリットだ。
「でもあれ、マキでも作れるって言ってなかったっけ?」
「ええ、時間はかかるけれど作れないものではありませんわ。各国に一つ程度、皇帝を倒し準備期間さえ頂ければ、作るのも吝かではありませんわ」
得られた結論に対し、二人は顔を見合わせる。
それを聞いていたリオンは二人の言葉に口を挟めないほどの驚愕に見舞われてしまう。このことが露見すれば大量生産をさせようと連合国に狙われるか、独占したい国のいずれかに囚われかねないからだ。危機感が無いにもほどがあると一瞬考え、それを跳ね除けようとした時の、国の被害を創造して暗澹たる気分になってしまう。
少なくとも、作る事が出来るというのを知られるのは拙すぎる。すでに複数所有していて、それを分配するという形であればまだマシなのだが。
国という個人の枠を超えた存在の試行に対し無防備すぎる二人にリオンは説教をしてくなってしまった。
マキにしてみれば国などマキ個人の戦力でどうにでもできるという確信があるし、ウォルターは「利益を与えているのだから敵対しようとするより味方につけようとするはず」という、中長期的観点から楽観論を展開している。
二人は自分たちの戦力を正確に把握しているからそのような結論を持つのであり、ある意味、究極の楽観論を掲げる“国家の思惑”の性質を甘く評価しているのだ。
リオンは二人を説得するべく言葉を重ねることになるのだが、その説得が終わる前に敵が動き出した。
今度こそ人間対人間、敵味方合計で8000人による戦争が始まろうとしていた。